ら、またお帰りは遅かろうねえ」
林「えゝ、どうもそれは子刻《こゝのつ》になりますか丑刻《やつ》になりますか、様子が分らねえと斯ういう訳で、へえ」
菊「其の折のお肴はお前に上げるから、部屋へ持《も》て往って、お酒も適《よ》い程出して緩《ゆっ》くりおたべ」
林「ヒエ……それが然《そ》うでねえ訳なので」
菊「何をえ」
林「旦那さまの云うにア、手前は茶の間で酒を飲んだ事はあるめえ、料理茶屋で飲ませるのは当然《あたりめえ》の話だが、茶の間で飲ませろのは別段の馳走じゃ、へえ有難い事でござえますと、斯う礼を云ったような理由《わけ》で」
菊「如何《いか》に旦那さまが然う仰しゃっても、お前がそれを真《ま》に受けて、お茶の間でお酒を戴いては悪いよ、私は悪いことは云わないからお部屋でお飲《た》べよ」
林「然うでござえますか、お前《めえ》さん此処《こゝ》で飲まねえと折角《しっかく》の旦那のお心を無にするようなものだ、此の戸棚に何か有りやしょう、お膳や徳利《とくり》も……」
菊「お前、そんな物を出してはいけないよ」
林「こゝに※[#「魚+獵のつくり」、第4水準2−93−92]《からすみ》と雲丹《おに》があるだ」
菊「何だよ、其様《そん》なものを出してはいけないよ、あらまア困るよ、お鉄瓶へお燗徳利を入れてはいけないよ」
林「心配《しんぺい》しねえでも宜《え》え、大丈夫だよ、少し理由《わけ》があるだ、お菊《けく》さん、ま一盃《えっぺい》飲めなせえ、お前《まえ》今日は平日《いつも》より別段に美《おつこ》しいように思われるだね」
菊「何だよ、詰らんお世辞なんぞを云って、早くお部屋へ往って寝ておくれ、お願いだから、跡を片附けて置かなければならないから」
林「ま一盃《えっぺい》飲めなアよ」
菊「私は飲みたくはないよ」
林「じゃア酌《さく》だけして下せえ」
菊[#「菊」は底本では「林」]「お酌《しゃく》かえ、私にかえ、困るねえ、それじゃア一盃切《いっぱいぎ》りだよ、さ……」
林「へえ有難《ありがて》え是れは……ひえ頂戴|致《えた》しやす……有難え、まアまるで夢見たような話だという事さ、お菊《けく》さん本当にお前さん、私が此処《こゝ》へ奉公に来た時から、真《ほん》に思って居るよ」
菊「其様《そん》なことを云わずに早く彼方《あっち》へお出《い》でよ」
林「然《そ》う邪魔にせなえでも宜《え》えが、是でちゃんと縁
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