。或日お客来で御殿の方は混雑致しています時、大藏が長局《ながつぼね》の塀の外を一人で窃かに廻ってまいりますと、沢山ではありませんが、ちら/\と雪が顔へ当り、なか/\寒うござります、雪も降止みそうで、風がフッと吹込む途端、提灯の火が消えましたから、
大「あゝ困ったもの」
 と後《あと》へ退《さが》ると、長局の板塀の外に立って居る人があります。無地の頭巾《ずきん》を目深《まぶか》に被りまして、塀に身を寄せて、小長い刀を一本差し、小刀《しょうとう》は付けているかいないか判然《はっきり》分りませんが、鞘の光りが見えます。
大「はてな」
 と大藏は後《あと》へ退《さが》って様子を見ていました。すると三尺の開口《ひらきぐち》がギイーと開《あ》き、内から出て来ました女はお小姓姿、文金《ぶんきん》の高髷《たかまげ》、模様は確《しか》と分りませんが、華美《はで》な振袖で、大和錦《やまとにしき》の帯を締め、はこせこと云うものを帯へ挟んで居ります。器量も判然《はっきり》分りませんが、只色の真白《まっしろ》いだけは分ります。大藏は心の中《うち》で、ヤア女が出たな、お客来の時分に芸人を呼ぶと、毎《いつ》も下屋敷のお女中方が附いて来るが、是は上屋敷の女中かしらん、はてな何うして出たろう、此の掟の厳しいのに、今日《こんにち》のお客来で御蔵《おくら》から道具を出入《だしい》れするお掃除番が、粗忽《そこつ》で此の締りを開けて置いたかしらん、何にしろ怪《け》しからん事だと、段々側へ来て見ますと、塀外《へいそと》に今の男が立って居りますからハヽア、さてはお側近く勤むる侍と奥を勤めるお女中と密通をいたして居《お》るのではないかと存じましたから、後《あと》へ退《さが》って息を屏《ころ》して、密《そっ》と見て居りますと、彼《か》の女は四辺《あたり》をきょろ/\見廻しまして声を潜め、
女「春部《はるべ》さま、春部さま」
春「シッ/\、声を出してはなりません」
 と制しました。

        十六

 お小姓姿の美しい者が眼に涙を浮《うか》めまして、
女「貴方まア私《わたくし》から幾許《いくら》お文《ふみ》を上げましても一度もお返辞のないのはあんまりだと存じます、貴方はもう亀井戸《かめいど》の事をお忘れ遊ばしたか、私はそればっかり存じて居りますけれども、掟が厳しいのでお目通りを致すことも出来ませんでしたが、今
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