伏をする、というのでお目見えというから読んで字の如く目で見るのかと存じますと、足音を聞くばかり、寧《むし》ろお足音拝聴と申す方が適当であるかと存じます。併《しか》し当時《そのころ》では是すら容易に出来ませんことで、先ず滞《とゞこお》りなくお目見えも済み、是から重役の宅を廻勤《かいきん》いたすことで、是等《これら》は総《すべ》て渡邊織江の指図でございますが、羽振の宜《よ》い渡邊織江の引力でございますから、自《おのず》から人の用いも宜しゅうございますが、新参のことで、谷中のお下屋敷詰《しもやしきづめ》を申付けられました。始《はじま》りはお屋敷|外《そと》を槍持六尺棒持を連れて見廻らんければなりません、槍持は仲間部屋《ちゅうげんべや》から出ます、棒持の方は足軽部屋から出《で》て[#「出《で》て」は底本では「出《で》で」]、甃石《いし》の処をとん/\とん/\敲《たゝ》いて歩《あ》るく、余り宜《い》い役ではありません、芝居で演じましても上等役者は致しません所の役で、それでも拾俵の高持《たかもち》になりました。所が大藏如才ない人で、品格があって弁舌愛敬がありまして、一寸《ちょっと》いう一言《ひとこと》に人を感心させるのが得意でございますから、家中《かちゅう》一般の評判が宜しく、
甲「流石《さすが》は渡邊|氏《うじ》の見立《みたて》だ、あれは拾俵では安い、百石がものはあるよ」
乙「いゝえ何《なん》でげす、家老や用人よりは中々腕前が良いそうだが、全体|彼《あれ》を家老にしたら宜かろう」
などと種々《いろ/\》なことを云います。大藏は素《もと》より気が利いて居りますから、雨でも降るとか雪でも降ります時には、部屋へ来まして
大「一盃《いっぱい》飲むが宜《よ》い、今日《こんにち》は雪が降って寒いから巡検《おまわり》は私《わし》一人で廻ろう、なに槍持ばかりで宜しい、此の雪では誰も通るまいから咎める者も無かろう、私一人で宜しい、これで一盃飲んでくれ」
と金《かね》びらを切りまして、誠に手当が届くから、寄ると触ると大藏の評判で、
甲「野上《のがみ》イ」
乙「えゝ」
甲「今度新規お抱えになった松蔭様はえらいお方だね」
乙「彼《あれ》は別だね一寸《ちょっと》来ても寒かろう、一盃飲んだら宜かろうと、仮令《たとえ》二百でも三百でも銭を投出して目鼻の明く処は、どうも苦労した人は違うな、一体御当家様よ
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