織「先ず御機嫌宜しゅう、えゝ過日は図らずも飛鳥山で何とも御迷惑をかけ、彼《あ》の折《おり》はあゝいう場所でござって、碌々お礼も申上げることが出来んで、屋敷へ帰っても此娘《これ》が又どうか早うお礼に出たいと申しまして、実に容易ならん御恩で、実に辱《かたじ》けない事で、彼の折は主名を明すことも出来ず、怖い事も恐ろしい事もござらんが、女連《おんなづれ》ゆえ大きに心配いたし居りました、実に其の折は意外の御迷惑をかけまして誠に相済みません事で」
大「いえ/\何う致しまして、再度お礼では却《かえ》って恐入ります、殊《こと》に御親子《ごしんし》お揃いで斯様な処へおいでは何とも痛入《いたみい》りましてござる」
織「えゝ此品《これ》は(と盆へ載せた品を前へ出し)[#「)」は底本では脱落]何《なん》ぞと存じましたが、御案内の通りで、下屋敷《しもやしき》から是までまいる間には何か調《とゝの》えます処もなく、殊に番退《ばんひ》けから間《ま》を見て抜けて参りましたことで、広小路へでも出たら何ぞ有りましょうが、是は誠にほんの到来物で、粗末ではござるが、どうか御受納下さらば……」
大「いや是は恐入ったことで……斯様な御心配を戴く理由《わけ》もなし、お辞《ことば》のお礼で十分、どうか品物の所は御免を蒙《こうむ》りとう、思召《おぼしめし》だけ頂戴致す」
織「いえ、それは貴方の御気象、誠に御無礼な次第ではあるけれども、ほんのお礼のしるしまでゞございますから、どうかお受け下さるように……甚《はなは》だ何《なん》でござるが御意《ぎょい》に適《かな》った色にでもお染めなすって、お召し下されば有難いことで、甚だ御無礼ではござるが……」
大「何《なん》ともどうも恐入りました訳でござる然《しか》らば折角の思召《おぼしめし》ゆえ此の羽二重だけは頂戴致しますが、只今の身の上では斯様な結構な品を購《と》るわけには迚《とて》もまいりません、併《しか》し此のお肴料《さかなりょう》とお記《しる》しの包は戴く訳にはまいりません」
織「左様でもござろうが、貴方が何《なん》でございますなら御奉公人にでもお遣《つか》わしなすって下さるように」
大「それは誠に恐入ります、嬢さま誠に何とも……」
竹「いえ親共と早くお礼に上《あが》りたいと申し暮し、私《わたくし》も種々《いろ/\》心ならず居りましたが、何分にも番がせわしく、それ故大きに
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