、もう一杯《いっぺい》大きいので、もう一杯《いっぺえ》という、悔しいや彼《あ》ん畜生|敵《かな》わねえ、滅法やった、いゝ心持だ」
とぐず/\独語《ひとりごと》を云う中《うち》に居眠りが長じて鼾《いびき》になりました。スヤリ/\と寝付いている。その前を小野庄左衞門笠を冠《かぶ》り杖で拾い道をして来るが、感が悪いゆえに勝手が少々もわからぬ。二番河岸から蟠龍軒が上って、新刀《あらみ》を抜放し、やり過《すご》した小野庄左衞門の後《うしろ》からプツーリッと剣客先生が斬りますと、右の肩から胴の処まで斬り込み、臀餅《しりもち》をついたが、小野庄左衞門、残念と思いまして脇差に手を掛けたばかり、ウーンと云う処へ、プツーリッと復《ま》た一と刀《かたな》あびせ、胸元へ留《とゞ》めを差して、庄左衞門の着物で血《のり》を拭《ぬぐ》って鞘へ納め、小野庄左衞門の懐へ手を入れて見ましたが何もございません、夜陰《やいん》でございますが金目貫《きんめぬき》が光りますから抜いて見ると、彦四郎《ひこしろう》貞宗《さだむね》。
蟠「なか/\良さそうだ」
と云いながらそれを差しまして後《あと》へ下《さが》る時、鼻の先でプツーリッと云う音がして、面部を包んだ士《さむらい》が人を殺して物を取るのが見えるから、亥太郎は心の裡《うち》で此奴《こいつ》泥坊に相違ない、こういう奴が出るから茶飯《ちゃめし》餡《あん》かけ豆腐や夜鷹蕎麦《よたかそば》が閑《ひま》になる、一つ張り飛《とば》してやろうと、廿人力の拳骨を固めて後《うしろ》へ下ろうとする蟠龍軒の横面《よこずっぽう》をポカーリッと殴ると、痛いの痛くないの、ひょろ/\と蹌《よろ》けました。これから蟠龍軒と亥太郎と暗仕合《やみじあい》に相成ります。
十四
亥太郎が拳骨を固めて大伴を打ちました時、流石《さすが》の大伴蟠龍軒もひょろ/\として蹌《よろ》めきましたが、此方《こちら》も剣術の先生で、スーッと抜きました。亥太郎が逃げるかと思うと少しも逃げぬ、泥坊士《どろぼうざむらい》と云いながら、斬付けようとする大伴の腰へ組付こうとして胴乱へ左の手を掛け、ウーンと力を入れる時、えいと斬付けましたが、亥太郎は運の良い男で、首っ玉に鏝《こて》と鏝板を脊負《しょっ》て居りました。それへ帽子先が当りましたから疵《きず》を受けませんでコロ/\と下へ落ちました、其の儘上りそうもないものが、此の野郎斬りやアがったな、と又上って来ました。亥太郎が二度目に上った時は、蟠龍軒は風を喰《くら》って逃げた跡で、手に遺《のこ》ったのは胴乱。
亥「盗人《ぬすっと》が提《さ》げていた恰好《かっこう》の悪い煙草入、これは打《たゝ》き売って酒でも食《くら》え」
と腹掛《はらがけ》へ突込《つっこ》んで帰りましたが、悪い事は出来ないもので、これが紀伊國屋へ誂《あつら》えた胴乱でございます、それが為に後《のち》に蟠龍軒が庄左衞門を殺害《せつがい》したことが知れます。これは後《のち》のことで。さて庄左衞門の娘町は、何時《いつ》まで待っても親父《おやじ》が帰って来ません、これは大方お医者様に留められて療治をしているのではないかと心配して居ります。夜が明けると斯様《かよう》な者が殺害《せつがい》されている、心当りの者は引取りに来いという貼札《はりふだ》が出る。家主《いえぬし》も驚きまして引取りに参り、御検視お立会《たちあい》になると、これは手の勝《すぐ》れて居《お》る者が斬ったのであるゆえ、物取りではあるまい意趣斬りだろうという。なれども貞宗の刀が紛失《ふんじつ》している。八方へ手を廻して探しましたが分りません。娘は泣く/\野辺の送りをするも貧の中、家主や長家の者が親切に世話をしてくれます。お町は思い出しては泣いてばかり居ります。ふと考え付いたのは流石は武士の娘でございます、お父様《とっさま》を殺したのは意趣遺恨か知れないが、何しろ女の腕では讎《かたき》を討つことが出来ない、自分も二百四十石取った士《さむらい》の娘、切《せ》めては怨みを晴したいが兄弟もなし、別に親類もない、実に情《なさけ》ない身の上であるが、業平橋の文治郎さまという方は情深いお方、去年の暮もお父様《とっさま》が眼病でお困りであろうと、見ず知らずの者に恵んで下さり、結構な薬まで恵んで下さる、真の侠客じゃとお父様がお賞《ほ》め遊ばした、彼《あ》の家に奉公し、辛抱して親の仇《あだ》が知れた時、お助太刀《すけだち》をねがうと云ったら、文治郎さまが助太刀をして下さるだろうと考えて居ります。その一軒置いて隣にまかな[#「まかな」に傍点]の國藏という者、今は堅気《かたぎ》の下駄屋《げたや》をして居ります。一つ長家で親切でございますから、此の事を國藏に頼むと、國藏も根が悪党で、悪抜《あくぬ》けたのでございますから親切
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