し帰らぬことがあったらば文治郎亡き者と思い、私《わし》に成り代って一人のお母様《っかさま》へ孝行を頼みますぞよ」
町「はい、旦那様、私《わたくし》が此方《こちら》へ縁付いて参りましてから、毎夜々々荒々しいお身姿《みなり》でお出向《でむき》になりますが、どうしてのことか、余程深い御遺恨でもありますことか、果し合とやら云うようなお身姿でございますが、お出《で》遊ばすかと思えば又直ぐお早くお帰りのこともあり、誠に私《わたくし》には少しも理由《わけ》が分りません、元より此方《こちら》へ嫁に参りたいと願いました訳でもございませず、どうか便り少い者ゆえ貴方様へ御飯炊奉公《ごぜんたきぼうこう》に参って居りますれば、不調法を致しましても、お情深い旦那様、行《ゆ》き所もない者と無理に出て行《ゆ》けとお暇《いとま》も出まいと思い、旦那様をお力に親の亡い後《のち》には唯《た》だ此方様《こなたさま》ばかりを命の綱と取縋《とりすが》って、御無理を願いましたことで、思い掛けなくお母様が嫁にと御意遊ばして、冥加に余ったことなれど、実は旦那様は嘸《さぞ》お嫌《いや》であろうと存じて居りました処が、御孝心深いあなた様、お母様の云うことをお背き遊ばさずに、親が云うからと不束《ふつゝか》な私《わたくし》を嫁にと仰しゃって下さりまして、私《わたくし》は実に心が切のうございます、何卒《どうぞ》女房と思し召さず御飯炊の奉公人と思召してお置き遊ばして下さるよう願いとう存じます」
文「それはお前分らぬことを云う、いやならいやと男だから云います、又気に入らぬ女房は持っている訳にはいかぬもの、一旦婚姻を致したからには決して飯炊奉公人とは思いません、文治郎|何処《どこ》までも女房と心得ればこそ母の身の上を頼むではないか、何《な》ぜ左様なことを云う」
町「ひょっと旦那様は他《ほか》にお母様に御内々《ごない/\》でお約束遊ばした御婦人でもございまして、お母様の前をお出《で》遊ばすにお間《ま》が悪いから、私《わたくし》のようなものでも嫁と定《き》めれば、まさか打明けて斯《こ》うだとお話も出来ないから、其の御婦人の方《かた》へお逢い遊ばしに夜分お出向《でむき》になる事ではないかと、私《わたくし》は悋気《りんき》ではございませんけれども、貴方のお身をお案じ申しますから、思い違えを致すこともございます、何卒《どうぞ》そう云う
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