着て藤原喜代之助の宅は此の裏かと云いました」
 藤「どういう訳で…其の者はどうした」
 森「今来ますよ」
 藤「槍は鞘《さや》を払ってあるか」
 森「抜身ではありません、鞘を取ると抜身になります」
 藤「誰が来たのだ」
 と覗《のぞ》いて見ると、行儀霰《ぎょうぎあられ》の麻上下《あさがみしも》を着て居ります、中原岡右衞門《なかはらおかえもん》と云う物頭役《ものがしらやく》を勤めた藤原と従弟《いとこ》同士でございます、別当も付きまして立派な士《さむらい》がつか/\と来ました。
 中「藤原殿、思い掛けない訳でございます」
 藤「どうして、これは」
 中「存外御無沙汰|今日《こんにち》は思いも掛けない吉事《きちじ》で、早く知らせようと思って、重野《しげの》の叔父《おじ》も殊《こと》の外《ほか》悦んで居りました」
 藤「どう云う訳で……森、彼《あれ》は親族の者だ……此の通り見苦しい訳でお許し下さい」
 中「宜しい、番内《ばんない》は路地に待って居れ」
 藤「それへお上げ下さい」
 中「いや彼方《あっち》へやります、馬の手当を致せ」
 藤「御家来を此方《こちら》へ」
 余り狭くて親類の家というのは間《ま》が悪いから遠ざけまして、
 中「誠に暫く、御壮健のことは下屋敷《しもやしき》に於《おい》て聞いて居りましたが、お尋ね申すは上《かみ》へ憚《はゞか》りがありますからお尋ね申しません、いやお懐かしゅうございました」
 藤「いや面目次第もございません、一時の心得違いから屋敷を出まして、尾羽《おは》打ち枯らした身の上、斯《かゝ》る処へ中原|氏《うじ》が参ろうとは存じません、面目次第もございません」
 中「御先妻のあさという婦人がお母《っか》さまに不孝を致し、彼《あ》の婦人の為に屋敷を出る位であったが、其の妻なる者が歿《ぼっ》して二度目の妻《さい》は此の近辺に居《お》る浪島とか云う者の妹が参ったとか、それが叔母さまを大事にするという説が屋敷へも聞《きこ》え、それこれお悦び申す」
 藤「面目次第もございません」
 中「お母さまも御壮健でございますか」
 藤「はい、お母さま/\……年を取りまして……中原岡右衞門が参られました」
 母「おや/\誠に暫く、もうどうも年を取りまして身体もきかず、又目も悪くなり、お前の顔もはっきり分りません、お変りもなくまア/\立派なお身なりにお成りで、お前は若い
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