ないものが、此の野郎斬りやアがったな、と又上って来ました。亥太郎が二度目に上った時は、蟠龍軒は風を喰《くら》って逃げた跡で、手に遺《のこ》ったのは胴乱。
亥「盗人《ぬすっと》が提《さ》げていた恰好《かっこう》の悪い煙草入、これは打《たゝ》き売って酒でも食《くら》え」
と腹掛《はらがけ》へ突込《つっこ》んで帰りましたが、悪い事は出来ないもので、これが紀伊國屋へ誂《あつら》えた胴乱でございます、それが為に後《のち》に蟠龍軒が庄左衞門を殺害《せつがい》したことが知れます。これは後《のち》のことで。さて庄左衞門の娘町は、何時《いつ》まで待っても親父《おやじ》が帰って来ません、これは大方お医者様に留められて療治をしているのではないかと心配して居ります。夜が明けると斯様《かよう》な者が殺害《せつがい》されている、心当りの者は引取りに来いという貼札《はりふだ》が出る。家主《いえぬし》も驚きまして引取りに参り、御検視お立会《たちあい》になると、これは手の勝《すぐ》れて居《お》る者が斬ったのであるゆえ、物取りではあるまい意趣斬りだろうという。なれども貞宗の刀が紛失《ふんじつ》している。八方へ手を廻して探しましたが分りません。娘は泣く/\野辺の送りをするも貧の中、家主や長家の者が親切に世話をしてくれます。お町は思い出しては泣いてばかり居ります。ふと考え付いたのは流石は武士の娘でございます、お父様《とっさま》を殺したのは意趣遺恨か知れないが、何しろ女の腕では讎《かたき》を討つことが出来ない、自分も二百四十石取った士《さむらい》の娘、切《せ》めては怨みを晴したいが兄弟もなし、別に親類もない、実に情《なさけ》ない身の上であるが、業平橋の文治郎さまという方は情深いお方、去年の暮もお父様《とっさま》が眼病でお困りであろうと、見ず知らずの者に恵んで下さり、結構な薬まで恵んで下さる、真の侠客じゃとお父様がお賞《ほ》め遊ばした、彼《あ》の家に奉公し、辛抱して親の仇《あだ》が知れた時、お助太刀《すけだち》をねがうと云ったら、文治郎さまが助太刀をして下さるだろうと考えて居ります。その一軒置いて隣にまかな[#「まかな」に傍点]の國藏という者、今は堅気《かたぎ》の下駄屋《げたや》をして居ります。一つ長家で親切でございますから、此の事を國藏に頼むと、國藏も根が悪党で、悪抜《あくぬ》けたのでございますから親切
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