》っしゃいました」
 忠「小野庄左衞門殿のお宅は此方《こちら》かな」
 ま「お父様《とっさま》、何方《どなた》か入っしゃいました」
 庄「此方へお通り下さい……初めまして手前小野庄左衞門と申す武骨者、えー何方様《どなたさま》でございますか」
 忠「手前は医者で阿部忠いえなに忠庵という者で、親父から譲られた書物がござるが、虫が付きますから版本にしたいと思いまして、就《つい》ては貴方は筆耕の御名人と承わり筆耕をして戴きたいと思います」
 庄「それは折角のお頼みではございますが、手前眼病でな、誠にお気の毒ではございますが」
 忠「それはいけません、誰か医者に診て貰いましたか」
 庄「はい、新井町《あらいまち》の秋田穗庵という医者に診て貰いました」
 忠「彼《あれ》はいけません、あんな医者に掛ると目をだいなしにして仕舞います」
 庄「私《わたくし》の目は外障眼でありませんで内障眼でございます」
 忠「治らぬと申しましたか」
 庄「種々《いろ/\》やりましたが全快|覚束《おぼつか》ないということでございます」
 忠「それでは私《わたくし》の家法の薬がありますから唯《たゞ》差上げましょう、其の代りに全快の上は筆耕を書いて戴きたい」
 庄「有難いことで、唯薬を戴けば全快次第書いて上げるのは無論でございますが、どうか頂戴したいものでございます」
 忠「これは家伝の薬で功能は立処《たちどころ》にある」
 庄「どういう薬法でございますか」
 忠「薬法、なんでございますな…」
 どうも教わりたてゞございますから能く分りません、向うは盲人《めくら》だから書いた物を出して見ても宜しいが、娘が居りますから、
 忠「姐《ねえ》さん、お気の毒でございますが水が飲みとうございますから、冷たいお冷水《ひや》を一杯戴きたいもので」
 庄「これ水を上げるが宜しい」
 娘が水を汲みに出て行《ゆ》きましたから、扇へ書いたのをそっと出して見まして、
 忠「家法の薬は蘆膾丸と申しまして」
 庄「ハー蘆膾丸と申しますか、どういうお書物に在《あ》りましたか」
 忠「其の書物は明《あきら》かの樓《たかどの》いえなに明《みん》の樓英の著わした医学綱目という書物がある」
 庄「医学綱目、成程一二度見たことがありました、はゝアどういうお薬でございますか」
 忠「それはその七|味《み》あります、これは蘆膾丸というのです」
 庄
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