売の彦六|爺《おやじ》が握飯《むすび》を御老母に上げて居《お》る処へ、おあさ殿が帰って来て、其の握飯を御老母に投付け、彦六爺に悪口《あっこう》を云い、遂に御老母に皿を投付け、おつむりに疵が出来ました、未《ま》だそれにても飽き足らず御老母を足蹴《あしげ》に致すのを文治郎見ました故に、あゝ怪《け》しからん不孝非道な女と赫《かっ》と致して飛込み、殺す気はなかったが、怒りに乗じ思わず殺す気になったのは私《わし》が殺したのではなく全く天が彼《か》の悪婦の行いを赦《ゆる》さず、文治郎の手を借りて殺させたので、天の然《しか》らしむる事かと存じます」
 喜「黙れ、天が殺したとは何《なん》だ、左様な云いわけで済むか、若《も》し左様な事があったら何ゆえ私《わし》に其の事を忠告致さん、私《わし》も浪人しても大小は挟《たばさ》んで居《お》る、お前の手は借らん」
 文「いや/\あなたには殺せない、何故殺せんと云うに、あなたが殺すなれば三年|連添《つれそ》って居《お》るから疾《とっく》に殺さなければならんに、貴方は欺《だま》されて居《お》るから、私《わし》が其の事を忠告して家《うち》へ帰れば、おあさどのが又|毎《いつ》もの口前《くちまえ》で、それは斯《こ》う云う訳で彼《あ》れは斯う云う訳で文治郎が聞違えたのだ、私はお母《っか》さまに孝行を尽していると旨く云いくるめると、あなたは毎もの如くあゝ左様かと又欺されて殺すことは出来ない、そうすると御老母は餓死致され、仮令《たとえ》手を下さなくも貴方が御老母を殺したと同じことになるから、右京様のお屋敷に聞えても能くない、浪人者の文治郎が身を捨てゝも藤原|母子《おやこ》を助けたいと思って斯様《かよう》に致しました、元より人を殺せば命のないのは承知して居ります、就《つい》ては老体の母を遺《のこ》して死にますから何卒《どうぞ》不愍《ふびん》と思召して目を掛けて下さい、おあさどのゝ悪い事は未だそればかりではない、私に附け文《ぶみ》をした事は貴方は知りますまい、いやさ艶書《えんしょ》を送った事は知りますまいがな」
 喜「何《なん》と仰しゃる」
 文「森松、此の間の文《ふみ》を持って来い」
 森「はい、お前さんの所の御新造を悪く云うのじゃアねえが、私《わっち》に手拭や何かくれて此の間立花屋へ連れて行って、お前さんと別れて寡婦《やもめ》暮しになったら文治郎さんを連れて
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