る。藤原が帰って来て其の事を母が話すと、
あ「いゝえお母《っか》さんは今日は五度《いつたび》御膳を食《あが》って、終《しま》いにはお鉢の中へ手を突込《つッこ》んで食《あが》って、仕損《しそこ》ないを三度してお襁褓《しめ》を洗った」
などと云うと、元より誑《たぶら》かされているから、
藤「お母《っか》さん、そんな事をなすっては宜しくありません、えゝ」
と云って少しも構いませんから、隣近所から恵んでくれる食物《たべもの》で漸《ようや》く命を繋《つな》いで居ります。或日の事、おあさが留守だから隣にいる納豆売の彦六《ひころく》が握飯《むすび》を拵《こしら》えて老母の枕許《まくらもと》へ持って来て、
彦「御隠居さま、長らく御不快で嘸《さぞ》お困りでしょう、今お飯《まんま》を炊いた処が、焦《こげ》が出来たから塩握飯《しおむすび》にして来ましたからお食《あが》んなさい」
母「有難うございます、あなた様、彼《あれ》が私を※[#「※」は「しょくへん+曷」、130−6]《ほし》殺そうと思って邪慳《じゃけん》な奴でございます、藤原も彼《あ》んな奴ではございませんでしたが、此の頃は馴合《なれあ》いまして私を責め折檻《せっかん》致します、余《あんま》り残念でございますから駈け出して身でも投げたいと思っても足腰が利かず、匕首《あいくち》を取出して自害をしようと思いましても、私の匕首までも質に入れてございません、舌を食い切って死のうと思っても歯はございませんし、こんな地獄の責《せめ》はございませんから私は喫《た》べずに死にます」
彦「そんなことを云ってはいけません、さアお食《あが》んなさい」
と云われ元は二百六十石も取りました藤原の母ががつ/\して塩握飯を食べて居ります処へ、帰って来たのはおあさで、
あ「お出《いで》なさい」
彦「いやこれは」
あ「お母《っか》さん又お鉢の中へ手を突込んで仕損《しそこな》いをすると私が困りますから」
彦「あゝ御新造さんこれは私《わし》が持って来たので、お母《っか》さんがお鉢から食べたのではありません」
あ「へえお前さんは能く持って来て下さるが、仕損いをするとしょうがないから上げないのに、何故《なぜ》持って来て食わせるんだえ、私共は浪人しても武士だよ、納豆売|風情《ふぜい》で握飯《にぎりめし》を母へくれるとは失礼な人だ」
彦「これは失礼し
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