何時《いつ》でも御隠居さんが、文治に好《い》い女房《にょうぼ》を持たせて初孫《ういまご》の顔を見てえなんて云うが、あんたは御新造をお持ちなせえな」
文「御新造を持てと云っても己《おれ》のような者には女房《にょうぼ》になってくれ人《て》がないや」
森「えゝ、旦那が道楽の店でも出せば娘っ子がぶつかって来ますが、旦那は未《いま》だに女の味を知らねえのだから仕方がねえや、何《どん》なのが宜《よ》うごぜえやすえ、長いのが宜うがすかえ、丸いのが宜うがすかえ」
文「それは長いのが宜《い》いと思っても丸いのを女房《にょうぼ》にするか皆縁ずくだなア」
森「裏へ越して来た藤原の御新造は何《ど》うです」
文「左様々々、彼《あれ》は美人だの」
森「なアに、そうじゃアありやせん、彼は何《ど》うです」
文「大層世辞がいゝの」
森「彼は何うです、彼になせえな」
文「彼になさいと云っても彼は藤原の女房《にょうぼう》だ」
森「女房じゃアありません、来月別れ話になって、これから孀婦《やもめ》暮しにでもなったら、旦那を連れて来てくれってんです」
文「嘘をいうな」
森「嘘じゃアねえ私《わっち》を立花屋へ連れて往って御馳走をして、金を二|分《ぶ》くれて、旦那を斯《こ》うと云うのです」
文「嘘を吐《つ》け」
森「嘘じゃアありやせん、この文《ふみ》を出して、何《ど》うか返事を下さいってんでさア、返事が面倒なら発句《ほっく》とか何《な》んとか云うものでもおやんなせえ」
文「これは彼《あ》の女の自筆か」
森「痔疾《じしつ》なんざアありやせんや、瘡毒《とや》に就《つい》て仕舞っているから」
文「そうじゃアない彼の女の書いたのか」
森「先《せん》にゃア人に頼んだろうが、今じゃア人には頼めやせんや」
文「何《なん》だってこれを持って来た」
森「何《なん》だってって旦那に返事を書いて貰ってくれと云うから」
文「痴漢《たわけ》め」
森「あゝ痛《いて》い、何をするんで」
文「苟《かりそめ》にも主《ぬし》ある人の妻《もの》から艶書を持って来て返事をやるような文治と心得て居《お》るか、何《なん》の為に文治の所へ来て居る、汝《わりゃ》ア畳の上じゃア死《しね》ねえから、これから真人間になって曲った心を直すからと云うので、己の所へ来ているのじゃアないか、人の女房から艶書を貰うような不義の文治
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