\と台所から抜出して仕舞いましたが、さアもう文治郎の所へ行《ゆ》くことは出来ません。友之助はそんなことは少しも知りませんから、
友「お村、此の頃は旦那の所へ往《ゆ》かないが何《ど》うしたのだえ」
村「旦那は機嫌かいで、機嫌のいゝ時と悪い時とは大変違いますよ、そうして幾ら堅いと云っても若いから、時々厭なことを云うから余《あんま》り近く往《ゆ》かない方がいゝよ、何処《どこ》か離れた所へ越そうじゃないか」
と云われ、友之助は素《もと》より気のいゝ人だから、
友「そうか、そんなことがあるのか、それなら他へ越そう」
と女房の云いなり次第になり、遂に文治郎に無沙汰《むさた》で銀座三丁目へ引越しましたが、後に文治郎が無名国へ漂流するのもお村の悪い為でありますから、女と云う者は恐るべきものでございます。さてお話二つに岐《わか》れまして、彼《か》の喧嘩の裁判は亥太郎が入牢《じゅろう》を仰せ付けられ、翌年の二月二十六日に出牢致しましたが、別に科《とが》はないから牢舎《ろうや》の表門で一百の重打《おもたゝ》きと云うので、莚《むしろ》を敷き、腹這《はらんばい》に寝かして箒尻《ほうきじり》で脊中を打《ぶ》つのです。其の打人《うちて》は打《たゝ》き役|小市《こいち》と云う人が上手です。此の人の打《う》つのは痛くって身体に障らんように打ちますが、刺青《ほりもの》のある者は何《ど》うしても強そうに見えるから苛《ひど》く打ちまして、弱そうな者は柔かに打《ぶ》ちます。亥太郎は少しも恐れないで「早く打《ぶ》ってお呉《く》んねえ」などと云い、脊中に猪の刺青が刺《ほ》ってあり、悪々《にく/\》しいからぴしーり/\と打《う》ちます。大概《たいがい》の者なら一百打つとうーんと云って死んで仕舞うから五十打つと気付けを飲まして、又|後《あと》を五十打つが、亥太郎は少しも痛がらんから、
獄吏「気付けを戴くか」
亥「気付なんざア入らねえ、さっさとやって仕舞ってくんねえ」
と云うから尚お強く打つが、少しも疲《よわ》りませんで、打って仕舞うとずーっと立って衣服《きもの》をぽん/\とはたいて、
亥「小市さん誠にお蔭様で肩の凝《こり》が癒《なお》りました」
と云ったが、脊中の刺青が腫《は》れまして猪《しゝ》が滅茶《めっちゃ》になりましたから、直ぐ帰りに刺青師《ほりものし》へ寄って熊に刺《ほり》かえて貰い、こ
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