《こちら》へ、何《ど》うも穢《きたな》い処へ能く入っしゃいました」
文「御免なさい、始めてお目に懸りました、お前さんがお村さんのお母《っか》さんですか」
さ「はい、お村の母でございますよ、毎度|御贔屓《ごひいき》さまになりまして有難うございます、宅にばかり居りますから、お座敷先は分りませんで、お母《っか》さん斯う云う袂落《たもとおと》しを戴いたの、ヤレ斯う云う指環《ゆびわ》を戴いたのと云いましても、私《わたくし》にはお顔を存じませんから一向お客様の事は存じませんが、彼《あ》の通りの奴で何時《いつ》までも子供のようですから、冗談でもおっしゃる方がありますと駈け出して仕舞う位で、お客様に戴いた物でも持栄《もちばえ》がございません、指環を嵌《は》めてお湯などへ往ってはげるといけないと云うと、はげやアしない真から金《きん》だものなどと申して誠に私《わたくし》も心配致します、オホヽヽヽヽ、貴方様《あなたさま》は番町の殿様で」
文「いや手前は本所業平橋に居《お》る浪島文治郎と申す至って武骨者、以後幾久しくお心安く」
さ「はい、業平橋と云う所は妙見様《みょうけんさま》へ往《ゆ》く時通りましたが、あゝ云う処へお住いなすっては長生《ながいき》をいたしますよ、彼処《あすこ》がお下屋敷《しもやしき》で」
文「いえ/\、私《わし》は屋敷などを持つ身の上ではありません、無禄の浪人です、お母《っか》さん実はお村さんのことに就《つ》いて話があって来ましたが、お村さんは私《わし》の処へ泊めて置きましたが、お知らせ申すのが遅くなりましたから、嘸《さぞ》お案じでございましょうと存じまして」
さ「おや、お村があなたの所に、そんなら案じやしませんが、朝参りに平常《ふだん》の姿《なり》で出ました切《ぎ》り帰りませんから、方々探しても知れませんでしたが、貴方様の所へ往《い》っていると知れゝば着替えでも届けるものを、何時《いつ》までもお置きなすって下さいまし、安心して居りますから」
文「いやそう云う訳ではない、お母さんが聞いたら嘸お腹立でしょうが、実は芝口の紀の善の番頭友之助がお村さんと昨年来深くなり、其の友之助もお村さんゆえ多くの金を遣い果し、お村さんも借財が出来、互いに若い同士で心得違いをやって、実は昨夜牛屋の雁木で心中する所を、計らず私《わし》が助けたから、直ぐにお村さんばかり連れて来ようと
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