お國と密通している所へ、此の孝助が参って手前と争った所が、手前は主人の手紙を出し、それを証拠だと云って、よくも孝助を弓の折《おれ》で打《ぶ》ったな、それのみならず主人を殺し、両人《ふたり》乗込んで飯島の家を自儘《じまゝ》にしようと云う人非人《にんぴにん》、今こそ思い知ったか」
 と云いながら栗の根株へ両人《ふたり》の顔を擦付《すりつ》けますから、両人とも泣きながら、
「免《ゆる》せえ、堪忍しておくんなさいよう」
 というのを耳にも掛けず、
孝「これお國、手前はお母様《っかさま》が義理をもって逃がして下すったのは、樋口屋の位牌へ対して済まんと道まで教えて下すったなれども、自害をなすったも手前故だ、唯《たった》一人の母親をよくも殺しおったな、主人の敵親の敵、なぶり殺しにするから左様心得ろ」
 と、これから差添《さしぞえ》を抜きまして、
孝「手前のような悪人に旦那様が欺《だま》されておいでなすったかと思うと」
 といいながら顔を縦横《たてよこ》ズタ/\に切りまして、又源次郎に向い、
孝「やい源次郎、此の口で悪口《あっこう》を云ったか」
 とこれも同じくズタ/\に切りまして、又母の懐剣で止《とゞ》めをさして、両人《ふたり》の首を切り髻《たぶさ》を持ったが、首という物は重いもので、孝助は敵を討って、もうこれでよいと思うと心に緩《ゆる》みが出て尻もちをついて、
孝「あゝ有難い、日頃信心する八|幡築土明神《まんつくどみょうじん》のお蔭をもちまして、首尾よく敵を討ちおおせました」
 と拝みをして、どれ行《ゆ》こうと立上ると、
「人殺《ひとごろし》々々」
 という声がするからふり向くと、龜藏と相助の二人が眼が眩《くら》んでるから、知らずに孝助の方へ逃げて来るから、此奴《こいつ》も敵の片われと二人とも切殺して二つの首を下げて、ひょろ/\と宇都宮へ帰って来ますと、往来《ゆきゝ》の者は驚きました。生首を二つ持《もっ》て通るのだから驚きます。中には殿様へ訴える者もありました。孝助はすぐに五郎三郎の所へ行って敵を討った次第をのべ、殊《こと》に
「母がまだ目が見えますか」
 と云われ、五郎三郎は妹《いもと》の首を見て胸|塞《ふさ》がり、物も云えない。母上様《おっかさま》は先程息がきれましたというから、この儘《まゝ》では置けないというので、御領主様へ届けると、敵討《かたきうち》の事だからというので、孝助は人を付けて江戸表へ送り届ける。孝助は相川の所へ帰り、首尾よく敵を討った始末を述べ、それよりお頭《かしら》小林へ届ける。小林から其の筋へ申立て、孝助が主人の敵を討った廉《かど》を以《もっ》て飯島平左衞門の遺言に任せ、孝助の一|子《し》孝太郎を以て飯島の家を立てまして、孝助は後見となり、芽出度く本領安堵《ほんりょうあんど》いたしますと、其の翌日伴藏がお仕置になり、其の捨札《すてふだ》をよんで見ますと、不思議な事で、飯島のお嬢さまと萩原新三郎と私通《くッつ》いた所から、伴藏の悪事を働いたということが解りましたから、孝助は主人の為《た》め娘の為め、萩原新三郎の為めに、濡《ぬ》れ仏《ぼとけ》を建立《こんりつ》いたしたという。これ新幡随院濡れ仏の縁起《えんぎ》で、此の物語も少しは勧善懲悪《かんぜんちょうあく》の道を助くる事もやと、かく長々とお聴《きゝ》にいれました。
[#地から1字上げ](拠若林※[#「王+甘」、第4水準2−80−65]藏筆記)



底本:「圓朝全集 巻の二」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年7月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の二」春陽堂
   1927(昭和2)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼《あ》の」と「彼《あの》」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2010年2月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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