なお心なら、江戸表にいる内に何故《なぜ》これ/\と明かしては下さいません、私も敵の行方を知らなければ知らないなりに、又|外々《ほか/\》を捜し、仮令《たとえ》草を分けてもお國源次郎を討たずには置きません、それをお逃がし遊ばしては、仮令今から跡を追かけて行《い》きましても、両人《ふたり》は姿を変えて逃げますから、私には討てませんから、主人の家を立てる事は出来ません、縁は切れても血統《ちすじ》は切れません、縁が切れても血統が切れても宜しゅうございますが、余りの事でございます」
 と怨みつ泣きつ口説き立て、思わず母の膝の上に手をついて揺《ゆす》ぶりました。母は中々|落着《おちつき》ものですから、
母「成程お前は屋敷奉公をしただけに理窟をいう、縁が切れても血統《ちすじ》は切れない、それを私が手引きをして敵を討たなければ、お前は主人飯島様の家を立てる事が出来ないから、其の言訳《いいわけ》は斯《こ》うしてする」
 と膝の下にある懐剣を抜くより早く、咽喉《のど》へガバリッと突き立てましたから、孝助は恟《びっく》りし、慌《あわ》てゝ縋《すが》り付き、
孝「お母様《っかさま》何故《なにゆえ》御自害なさいました、お母様ア/\/\」
 と力に任せて叫びます。気丈な母ですから、懐剣を抜いて溢《あふ》れ落《おち》る血を拭《ぬぐ》って、ホッ/\とつく息も絶え/″\になり、面色《めんしょく》土気色に変じ、息を絶つばかり、
母「孝助々々、縁は切れても、ホッ/\血統《ちすじ》は切れんという道理に迫り、素《もと》より私は両人《ふたり》を逃がせば死ぬ覚悟、ホッ/\江戸で白翁堂に相《み》て貰った時、お前は死相が出たから死ぬと云われたが、実に人相の名人という先生の云われた事が今思い当りました、ホッ/\再縁した家の娘がお前の主人を殺すと云うは実に何《なん》たる悪縁か、さア死んで行《ゆ》く身、今息を留めれば此の世にない身体、ホッ/\幽霊が云うと思えば五郎三郎に義理はありますまい、お國源次郎の逃げて行った道だけを教えてやるからよく聞けよ」
 と云いながら孝助の手を取って膝に引寄せる。孝助は思わずも大声を出して
「情ない」
 と云う声が聞えたから、五郎三郎は何事かと来て障子を明けて見れば此の始末、五郎三郎は素《もと》より正直者だから母の側に縋り付き、
五「お母様《っかさま》/\、それだから私が申さない事ではありません、孝助様|後《あと》で御挨拶を致します、私はお國の兄で、十三の時から御恩になり、暖簾《のれん》を分けて戴いたもお母様のお蔭、悪人のお國に義理を立て、何故《なぜ》御自害をなさいました」
 と云う声が耳に通じたか、母は五郎三郎の顔をじっと見詰め、苦しい息をつきながら、
母「五郎三郎、お前はちいさい時から正当《しょうとう》な人で、お前には似合わない彼《あ》のお國なれども、義理に対しお位牌に対し、私が逃がしました、又孝助へ義理の立たんというは、血統《ちすじ》のものが恩義を受けた主人の家が立たないという義理を思い、自害をいたしたので、何《ど》うかお國源次郎の逃げ道を教えてやりたいが、ハッ/\必ずお前怨んでお呉れでないよ」
五「いゝえ、怨む所ではありません、あなたおせつないから私が申しましょう、孝助様お聞き下さい、宇都の宮の宿外《しゅくはず》れに慈光寺という寺がありますから、其の寺を抜けて右へ往《ゆ》くと八幡山、それから十郎ヶ峯から鹿沼へ出ますから、貴方《あなた》お早くおいでなさい、ナアニ女の足ですから沢山は行《ゆ》きますまいから、早くお國と源次郎の首を二つ取って、お母様《っかさま》のお目の見える内に御覧にお入れなさい、早く/\」
 と云うから孝助は泣きながら、
孝「はい/\お母様、五郎三郎さんがお國と源次郎の逃げた道を教えて呉れましたから、遠く逃げんうちに跡追っかけ、両人《ふたり》の首を討ってお目にかけます」
 という声|漸《ようや》く耳に通じ、
母「ホッ/\勇ましい其の言葉|何《ど》うか早く敵を討って御主人様のお家《いえ》をたてゝ、立派な人に成って呉れホッ/\、五郎三郎殿此の孝助は外《ほか》に兄弟もない身の上、また五郎三郎殿も一粒種だから、これで敵は敵として、これからは何うか実の兄弟と思い、互に力になり合って私の菩提を頼みますヨウ/\」
 と云いながら、孝助と五郎三郎の手を取って引き寄せますから、両人《ふたり》は泣く/\介抱するうちに次第々々に声も細り、苦しき声で、
母「ホッ/\早く行《ゆ》かんか/\」
 と云って血のある懐剣を引き抜いて、
「さア源次郎お國は此の懐剣で止《とゞ》めを刺せ」
 と云いたいがもう云えない。孝助は懐剣を受取り、血を拭い、敵を討って立帰り、お母様に御覧に入れたいが、此の分では之《こ》れがお顔の見納めだろうと、心の中《うち》で念仏を唱え、
孝「五郎
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