ら此の老人が水をあびて神仏《かみほとけ》へ祈るくらいな訳で、ところが昨夜娘のいうには、私《わたくし》の病気は実は是々《これ/\》といいましたが、其の事は乳母《おんば》にも云われないくらいな訳ですが、其処《そこ》が親馬鹿の譬《たとえ》の通り、お蔑《さげす》み下さるな」
飯「どういう御病気ですな」
相「私《わたくし》もだん/\と心配をいたして、どうか治してやりたいと心得、いろ/\医者にも掛けましたが、知れない訳で、是ばかりは神にも仏にも仕ようがないので、なぜ早く云わんと申しました」
飯「どういう訳で」
相「誠に申しにくい訳で、お笑い成さるな」
飯「何《なん》だかさっぱりと訳が解りませんね」
相「実は殿様が日頃お誉《ほ》めなさる此方《こちら》の孝助殿、あれは忠義な者で、以前は然《しか》るべき侍の胤《たね》でござろう、今は零落《おちぶれ》て草履取をしていても、志《こゝろざし》は親孝行のものだ、可愛《かわい》いものだと殿様がお誉めなされ、あれには兄弟も親族《みより》もない者だから、行々《ゆく/\》は己《おれ》が里方《さとかた》に成って他《ほか》へ養子にやり、相応な侍にしてやろうと仰しゃいますから、私《わたくし》も折々《おり/\》は宅《うち》の家来|善藏《ぜんぞう》などに、飯島様の孝助殿を見習えと叱り付けますものだから、台所のおさんまでが孝助さんは男振《おとこぶり》もよし人柄もよし、優しいと誉め、乳母《おんば》までが彼是《かれこれ》と誉めはやすものだから、娘も、殿様お笑い下さるな、私は汗の出るほど耻入《はじい》ります、実は疾《と》くより娘があの孝助殿を見染《みそ》め、恋煩《こいわずら》いをして居ります、誠に面目《めんぼく》ない、それをサ婆《ばゞ》アにもいわないで、漸《ようや》く昨夜になって申しましたから、なぜ早く云わん、一|合《ごう》取っても武士の娘という事が浄瑠璃本《じょうるりぼん》にもあるではないか、侍の娘が男を見染めて恋煩いをするなどとは不孝ものめ、仮令《たとい》一人の娘でも手打にする処《ところ》だが、併《しか》し紺看板《こんかんばん》に真鍮巻《しんちゅうまき》の木刀を差した見る影もない者に惚れたというのは、孝助殿の男振の好《い》いのに惚れたか、又は姿の好いのに惚れ込んだかと難じてやりました、そうすると娘がお父《とっ》さま実は孝助殿の男振にも姿にも惚れたのではございません
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