いてお呉れよ」
 と云附《いいつ》け置きました。さて源次郎は皆寝静まッたる様子を窺《うかゞ》い、そっと跣足《はだし》で庭石を伝わり、雨戸の明いた所から這《は》い上《あが》り、お國の寝間に忍び寄れば、
國「源次郎さま大層に遅いじゃアありませんか、私《わたくし》は何《ど》うなすッたかと思いましたよ、余《あん》まりですねえ」
源「私《わたくし》も早く来たいのだけれども、兄上もお姉様《あねえさま》もお母様《はゝさま》もお休みにならず、奉公人までが皆熱い/\と渋団扇《しぶうちわ》を持って、あおぎ立てゝ凉んでいて仕方がないから、今まで我慢して、よう/\の思いで忍んで来たのだが、人に知れやアしないかねえ」
國「大丈夫知れッこはありませんよ、殿様があなたを御贔屓《ごひいき》に遊ばすから知れやアしませんよ、あなたの御勘当《ごかんどう》が許《ゆ》りてから此の家《うち》へ度々《たび/\》お出《いで》になれるように致しましたのも、皆|私《わたくし》が側で殿様へ旨く取《とり》なし、あなたをよく思わせたのですよ、殿様はなか/\凛々《りゝ》しいお方ですから、貴方《あなた》と私との間《なか》が少しでも変な様子があれば気取《けど》られますのだが、些《ちっと》も知れませんよ」
源「実に伯父さまは一通りならざる智者《ちしゃ》だから、私《わたくし》は本当に怖いよ、私も放蕩《ほうとう》を働き、大塚《おおつか》の親類へ預けられていたのを、当家《こちら》の伯父さんのお蔭《かげ》で家《うち》へ帰れるように成った、其の恩人の寵愛《ちょうあい》なさるお前と斯《こ》うやっているのが知れては実に済まないよ」
國「あゝいう事を仰《おっ》しゃる、あなたは本当に情《じょう》がありませんよ、私《わたくし》は貴方《あなた》のためなら死んでも決して厭《いと》いませんよ、何《なん》ですねえ、そんな事ばかり仰しゃって、私の傍《そば》へ来ない算段ばかり遊ばすのですものを、アノ源さま、こちらの家《うち》でも此の間お嬢様がお逝《かく》れになって、今は外《ほか》に御家督《ごかとく》がありませんから、是非とも御夫婦養子をせねばなりません、それに就《つい》てはお隣の源次郎様をと内々《ない/\》殿様にお勧め申しましたら、殿様が源次郎はまだ若くッて了簡《りょうけん》が定まらんからいかんと仰しゃいましたよ」
源「そうだろう、恩人の愛妾《あいしょう》の所へ
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