程、こいつは旨《うめ》え、屹度《きっと》持って来るよ、こいつは一番やッつけよう」
と慾というものは怖《おそろ》しいもので、明《あく》る日は日の暮れるのを待っていました。そうこうする内に日も暮れましたれば、女房は私《わたし》ゃ見ないよと云いながら戸棚へ入るという騒ぎで、彼是しているうち夜《よ》も段々と更《ふ》けわたり、もう八ツになると思うから、伴藏は茶碗酒でぐい/\引っかけ、酔った紛《まぎ》れで掛合う積りでいると、其の内八ツの鐘がボーンと不忍《しのばず》の池《いけ》に響いて聞えるに、女房は熱いのに戸棚へ入り、襤褸《ぼろ》を被《かぶ》って小さく成っている。伴藏は蚊帳の中《うち》にしゃに構えて待っているうち、清水のもとからカランコロン/\と駒下駄の音高く、常に変らず牡丹の花の灯籠を提《さ》げて、朦朧《もうろう》として生垣《いけがき》の外まで来たなと思うと、伴藏はぞっと肩から水をかけられる程|怖気立《こわけだ》ち、三合呑んだ酒もむだになってしまい、ぶる/\慄《ふる》えながらいると、蚊帳の側へ来て、伴藏さん/\というから、
伴「へい/\お出《い》でなさいまし」
女「毎晩参りまして、御迷惑の事をお願い申して誠に恐れ入りますが、未《ま》だ今夜も御札が剥がれて居りませんので這入《はい》る事が出来ず、お嬢様がお憤《むず》かり遊ばし、私《わたくし》が誠に困りますから、どうぞ二人のものを不便《ふびん》と思召《おぼしめ》してあのお札を剥して下さいまし」
伴藏はガタ/\慄《ふる》えながら、
伴「御尤《ごもっとも》さまでございますけれども、私共《わたくしども》夫婦の者は、萩原様のお蔭様で漸《ようや》く其の日を送っている者でございますから、萩原様のお体《からだ》にもしもの事がございましては、私共夫婦のものが後《あと》で暮し方に困りますから、どうぞ後で暮しに困らないように百両の金を持って来て下さいましたらば直《すぐ》に剥しましょう」
と云うたびに冷たい汗を流し、やっとの思いで云いきりますと、両人は顔を見合せて、暫《しばら》く首を垂れて考えて居ましたが。
米「お嬢様、それ御覧《ごろう》じませ、此のお方にお恨《うらみ》はないのに御迷惑をかけて済まないではありませんか、萩原様はお心変りが遊ばしたのだから、貴方《あなた》がお慕《した》いなさるのはお冗《むだ》でございます、何《ど》うぞふッつりお諦《あ
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