寸綺麗な女中で、それでも感心に遅くまで耳に柔かい京都弁で相手をしてお酌をした。兎に角明日は東京の本屋へ電話をかける決心をして、酒の力で睡つた。
 九時頃寝床の中で電話帳を見て、女中にかけさせた。それから朝昼兼帯の遅い朝飯を喰べて、電話の通じるのを待つ間起きてるのに堪へない気持から、また床の中にもぐり込んで女中に借りた講談の雑誌など読んでゐたが、なか/\電話が通じなかつた、幾度も局へ催促させたが、最初からほんとに申込んであつたのか、係り合ふのを厭がつて申込まなかつたのか、たうとう電気のつくまで通じなかつた。もう一晩と頼んで見たが聴き入れさうな様子も無いので、私は日暮れ方そこの電燈の明るい玄関から外へ出た。例の新開町を寒い風に吹かれて、途中の汚ない物置めいた建物の劇場の曾我廼家五十九郎丈へとか曾我廼家ちやうちんへとかの幟など佗しい気持に眺めながら、通りがゝりに見知つてゐた内田の家の近所の商人宿を指して行つた。ほんの電報を打つたりする位ゐの金しか残つてゐなかつた。
 翌日は二月の十五日で、私が鎌倉を出てから丁度十五日経つてゐた。九時頃に起きて早速東京の弟のところへ二十円電報為替で送るやうに書いた電報を女中に頼んだが、すると早速また女中がお勘定をと云つてやつて来た。酒を三合飲んで三円五銭と云ふ勘定であつた。
「海岸の方の宿にゐたんだが、予算を狂はして金が無いんだけれど、明日までには屹度来るんだからもう一晩置いて呉れつて帳場へ話して呉れ」
 斯う云つてやると四十越した働き者らしい、しかし正直さうなお内儀が出て来て、やはりお宿替へを請求したが、私は羽織と袴を渡してもう一晩の猶予を乞ふた。
「私は毎晩酒を飲まないと睡れないものだから、やはり酒は三合宛つけて下さい」私は斯う附け足したが、それも承知して呉れた。
 私は三合のおつもりの酒を手酌で飲みながら、今晩店から弟が帰つて電報を見て明日は屹度何とか云つて来るだらうと、ホツと一息ついた気持で、割箸に挟まつた都々逸の辻占を読んで見たりしたが、それは、私は籠の鳥と諦めては居るが時節待てとは気が永い――と云つたやうなものだつたので、これは少し辻占が好くないと思つた。
 日当りのいゝ、わりに小綺麗な気持のいゝ六畳の室であつた。斯うしてる間に十枚でも十五枚でも兎に角に書きあげてしまひたいと思つて、私は朝から原稿紙をひろげて返事の来る間やつて見
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