まご》つくようなこともあるだろうし、またどんな嫌疑で――彼の見すぼらしい服装だけでもそれに値いしないとは云えないのだから――「オイオイ! 貴様は! 厭に邸内をジロ/\覗き歩いて居るが、一体貴様は何者か? 職業は? 住所は?」
 で彼は何気ない風を装うつもりで、扇をパチ/\云わせ、息の詰まる思いしながら、細い通りの真中を大手を振ってやって来る見あげるような大男の側を、急ぎ脚に行過ぎようとした。
「オイオイ!」
 ……果して来た! 彼の耳がガアンと鳴った。
「オイオイ! ……」
 警官は斯う繰返してものの一分もじっと彼の顔を視つめていたが、
「……忘れたか! 僕だよ! ……忘れたかね? ウヽ? ……」
 警官は斯う云って、初めて相好を崩し始めた。
「あ君か! 僕はまた何物かと思って吃驚しちゃったよ。それにしてもよく僕だってことがわかったね」
 彼は相手の顔を見あげるようにして、ほっとした気持になって云った。
「そりゃ君、警察眼じゃないか。警察眼の威力というのは、そりゃ君恐ろしいものさ」
 警官は斯う得意そうに笑って云った。
 午下りの暑い盛りなので、そこらには人通りは稀であった。二人はそこの電柱の下につくばって話した。
 警官――横井と彼とは十年程前神田の受験準備の学校で知り合ったのであった。横井はその時分医学専門の入学準備をしていたのだが、その時分下宿へ怪しげな女なぞ引張り込んだりしていたが、それから間もなく警察へ入ったのらしかった。
 横井はやはり警官振った口調で、彼の現在の職業とか収入とかいろ/\なことを訊いた。
「君はやはり巡査かい?」
 彼はそうした自分のことを細かく訊かれるのを避けるつもりで、先刻から気にしていたことを口に出した。
「馬鹿云え……」横井は斯う云って、つくばったまゝ腰へ手を廻して剣の柄を引寄せて見せ、
「見給え、巡査のとは違うじゃないか。帽子の徽章にしたって僕等のは金モールになってるからね……ハヽ、この剣を見よ! と云いたい処さ」横井は斯う云って、再び得意そうに広い肩をゆすぶって笑った。
「そうか、警部か。それはえらいね。僕はまたね、巡査としては少し変なようでもあるし、何かと思ったよ」
「白服だからね、一寸わからないさ」
 二人は斯んなことを話し合いながら、しばらく肩を並べてぶら/\歩いた。で彼は「此際いい味方が出来たものだ」斯う心の中に思いな
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