といはん方なし。
去るほどに三匹の獣は、互ひに尽す秘術|剽挑《はやわざ》、右に衝《つ》き左に躍り、縦横|無礙《むげ》に暴《あ》れまはりて、半時《はんとき》ばかりも闘《たたか》ひしが。金眸は先刻《さき》より飲みし酒に、四足の働き心にまかせず。対手《あいて》は名に負ふ黄金丸、鷲郎も尋常《なみなみ》の犬ならねば、さしもの金眸も敵しがたくや、少しひるんで見えける処を、得たりと著入《つけい》る黄金丸、金眸が咽喉《のんど》をねらひ、頤《あご》も透れと噬《か》みつけ、鷲郎もすかさず後より、金眸が睾丸《ふぐり》をば、力をこめて噬みたるにぞ。灸所《きゅうしょ》の痛手に金眸は、一声|※[#「口+翁」、112−16]《おう》と叫びつつ、敢《あえ》なく躯《むくろ》は倒れしが。これに心の張り弓も、一度に弛みて両犬は、左右に※[#「手へん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と俯伏《ひれふ》して、霎時《しばし》は起きも得ざりけり。
文角は今まで洞口にありて、二匹の犬の働きを、眼《まなこ》も放たず見てありしが、この時|徐《おもむ》ろに進み入り、悶絶なせし二匹をば、さまざまに舐《ねぶ》り勦《いた》はり。漸く元に復《かえ》りしを見て、今宵の働きを言葉を極めて称賛《ほめたた》へつ。やがて金眸が首級《くび》を噬み切り、これを文角が角に着けて、そのまま山を走《は》せ下《くだ》り、荘官《しょうや》が家にと急ぎけり、かくて黄金丸は主家に帰り、件《くだん》の金眸が首級《くび》を奉れば。主人《あるじ》も大概《おおかた》は猜《すい》しやりて、喜ぶことななめならず、「さても出来《でか》したり黄金丸、また鷲郎も天晴《あっぱ》れなるぞ。その父の讐《あだ》を討《うち》しといはば、事|私《わたくし》の意恨にして、深く褒《ほ》むるに足らざれど。年頃|数多《あまた》の獣類《けもの》を虐《しいた》げ、あまつさへ人間を傷《きずつ》け、猛威日々に逞《たくま》しかりし、彼の金眸を討ち取りて、獣類《けもの》のために害を除き、人間のために憂《うれい》を払ひしは、その功けだし莫大《ばくだい》なり」トて、言葉の限り称賛《ほめたた》へつ、さて黄金丸には金の頸輪《くびわ》、鷲郎には銀の頸輪とらして、共に家の守衛《まもり》となせしが。二匹もその恩に感じて、忠勤怠らざりしとなん。めでたしめでたし。
底本:「日本児童文学名作集(上)」岩波文庫
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