《ら》を侮るぞ。われ曹|疾《と》くより爾が罪を知れり。たとひ言葉を巧《たくみ》にして、いひのがれんと計るとも、われ曹いかで欺かれんや。重ねて虚誕《いつわり》いへぬやう、いでその息の根止めてくれん」ト、※[#「口+畫」、110−10]叫《おめきさけ》んで飛びかかるほどに。元より悟空《ごくう》が神通なき身の、まいて酒に酔ひたれば、争《いか》で犬にかなふべき、黒衣は忽ち咬《く》ひ殺されぬ。
第十六回
鷲郎は黒衣が首級《くび》を咬ひ断離《ちぎ》り、血祭よしと喜びて、これを嘴《くち》に提《ひっさ》げつつ、なほ奥深く辿《たど》り行くに。忽ち路|窮《きわ》まり山|聳《そび》えて、進むべき岨道《そばみち》だになし。「こは訝《いぶ》かし、路にや迷ふたる」ト、彼方《あなた》を透《すか》し見れば、年|経《ふ》りたる榎《えのき》の小暗《おぐら》く茂りたる陰に、これかと見ゆる洞ありけり。「さては金眸が棲居《すみか》なんめり」ト、なほ近く進み寄りて見れば、彼の聴水がいひしに違《たが》はず、岩高く聳えて、鑿《のみ》もて削れるが如く、これに鬼蔦の匐《は》ひ付きたるが、折から紅葉《もみじ》して、さながら絵がける屏風《びょうぶ》に似たり。また洞の外には累々たる白骨の、堆《うずたか》く積みてあるは、年頃金眸が取り喰《くら》ひたる、鳥獣《とりけもの》の骨なるべし。黄金丸はまづ洞口《ほらぐち》によりて。中《うち》の様子を窺《うかが》ふに、ただ暗うして確《しか》とは知れねど、奥まりたる方《かた》より鼾《いびき》の声高く洩《も》れて、地軸の鳴るかと疑はる。「さては他《かれ》なほ熟睡《うまい》してをり、この隙《ひま》に跳《おど》り入らば、輒《たやす》く打ち取りてん」ト。黄金丸は鷲郎と面《おもて》を見合せ、「脱《ぬかり》給ふな」「脱りはせじ」ト、互に励ましつ励まされつ。やがて両犬進み入りて、今しも照射《ともし》ともろともに、岩角《いわかど》を枕として睡《ねぶ》りゐる、金眸が脾腹《ひばら》を丁《ちょう》と蹴《け》れば。蹴られて金眸|岸破《がば》と跳起《はねお》き、一声|※[#「口+皐」、第4水準2−4−33]《ほ》えて立上らんとするを、起しもあへず鷲郎が、襟頭《えりがみ》咬《く》はへて引据ゆれば。その隙《ひま》に逃げんとする、照射は洞の出口にて、文角がために突止められぬ、この時黄金丸は声をふり立て、「
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