出逢《であい》て、かく頼もしき伴侶《とも》を得ること、実《まこと》に亡《なき》父の紹介《ひきあわせ》ならん。さきに路を照らせし燐火《おにび》も、今こそ思ひ合はしたれ」ト、独《ひと》り感涙にむせびしが。猟犬は霎時《しばし》ありて、「某今御身と契《ちぎり》を結びて、彼の金眸を討たんとすれど、飼主ありては心に任せず。今よりわれも頸輪《くびわ》を棄《すて》て、御身と共に失主狗《はなれいぬ》とならん」ト、いふを黄金丸は押止《おしとど》め、「こは漫《そぞろ》なり鷲郎ぬし、わがために主を棄《すつ》る、その志は感謝《かたじけな》けれど、これ義に似て義にあらず、かへつて不忠の犬とならん。この儀は思ひ止まり給へ」「いやとよ、その心配《こころづかい》は無用なり。某|猟師《かりうど》の家に事《つか》へ、をさをさ猟の業《わざ》にも長《た》けて、朝夕《あけくれ》山野を走り巡り、数多の禽獣《とりけもの》を捕ふれども。熟《つらつ》ら思へば、これ実《まこと》に大《おおい》なる不義なり。縦令《たと》ひ主命とはいひながら、罪なき禽獣《もの》を徒《いたず》らに傷《いた》めんは、快き事にあらず。彼の金眸に比べては、その悪五十歩百歩なり。此《ここ》をもて某常よりこの生業《なりわい》を棄てんと、思ふこと切《しきり》なりき。今日この機会《おり》を得しこそ幸《さち》なれ、断然|暇《いとま》を取るべし」ト。いひもあへず、頸輪を振切りて、その決心を示すにぞ。黄金丸も今は止むる術《すべ》なく、「かく御身の心定まる上は、某また何をかいはん。幸ひなる哉《かな》この寺は、荒果てて住む人なく、われ曹《ら》がためには好《よ》き棲居《すみか》なり。これより両犬|此処《ここ》に棲みてん」ト、それより連立ちて寺の中《うち》に踏入り、方丈と覚しき所に、畳少し朽ち残りたるを撰《えら》びて、其処《そこ》をば棲居と定めける。
第六回
恁《かく》て黄金丸は鷲郎《わしろう》と義を結びて、兄弟の約をなし、この古刹《ふるでら》を棲居となせしが。元より養ふ人なければ、食物も思ふにまかせぬにぞ、心ならずも鷲郎は、慣《なれ》し業《わざ》とて野山に猟《かり》し、小鳥など捉《と》りきては、漸《ようや》くその日の糧《かて》となし、ここに幾日を送りけり。
或日黄金丸は、用事ありて里に出でし帰途《かえるさ》、独り畠径《はたみち》を辿《たど》り往《ゆ》
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