》もなかなかこれに劣らず、互ひに挑闘《いどみたたか》ふさま、彼の花和尚《かおしょう》が赤松林《せきしょうりん》に、九紋竜《くもんりゅう》と争ひけるも、かくやと思ふ斗《ばか》りなり。
 先きのほどより、彼方《かなた》の木陰に身を忍ばせ、二匹の問答を聞《きき》ゐたる、一匹の黒猫ありしが。今二匹が噬合ひはじめて、互ひに負けじと争ひたる、その間隙《すき》を見すまして、静かに忍び寄るよと見えしが、やにはに捨てたる雉子《きぎす》を咬《くわ》へて、脱兎の如く逃げ行くを、ややありて二匹は心付き。南無三《なむさん》してやられしと思ひしかども今更追ふても及びもせずと、雉子を咬へて磚※[#「片+嗇」、75−7]《ついじ》をば、越え行く猫の後姿、打ち見やりつつ茫然《ぼうぜん》と、噬み合ふ嘴《くち》も開《あ》いたままなり。

     第五回

 鷸蚌《いつぼう》互ひに争ふ時は遂《つい》に猟師の獲《えもの》となる。それとこれとは異なれども、われ曹《ら》二匹争はずば、彼の猫如きに侮られて、阿容々々《おめおめ》雉子は取られまじきにト、黄金丸も彼の猟犬《かりいぬ》も、これかれ斉《ひと》しく左右に分れて、ひたすら嘆息なせしかども。今更に悔いても詮《せん》なしト、漸《ようや》くに思ひ定めつ。ややありて猟犬は、黄金丸にうち向ひ、「さるにても御身《おんみ》は、什麼《そも》何処《いずこ》の犬なれば、かかる処にに漂泊《さまよ》ひ給ふぞ。最前より噬《かみ》あひ見るに、世にも鋭き御身が牙尖《きばさき》、某《それがし》如きが及ぶ処ならず。もし彼の鳥猫に取られずして、なほも御身と争ひなば、わが身は遂に噬斃《かみたお》されて、雉子は御身が有《もの》となりてん。……これを思へば彼の猫も、わがためには救死の恩あり。ああ、危ふかりし危ふかりし」ト、数度《あまたたび》嘆賞するに。黄金丸も言葉を改め、「こは過分なる賛詞《ほめこと》かな。さいふ御身が本事《てなみ》こそ。なかなか及《およ》ばぬ処なれト、心|私《ひそ》かに敬服せり。今は何をか裹《つつ》むべき、某が名は黄金丸とて、以前は去る人間に事《つか》へて、守門の役を勤めしが、宿願ありて暇《いとま》を乞《こ》ひ、今かく失主狗《はなれいぬ》となれども、決して怪しき犬ならず。さてまた御身が尊名|怎麼《いか》に。苦しからずば名乗り給へ」ト、いへば猟犬《かりいぬ》は打点頭《うちうなず》き、
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