流れて出るのを止めてしまつたのですから、非常な不自然である。長崎が其頃の外國貿易の港でありますが、オランダ人と商賣をして之を高く買つても、京都へ賣り江戸へ賣れば又儲かるのです。非常な利益がある。其非常な利益を誰が持つかと言ふと、江戸の商人が十何人、堺の商人が十何人、博多、長崎、大阪、京都、此大都會から五六十人の特權を持つた商人が、長崎から外國へ輸出する品物をマネーヂしてゐる。それだけが非常な利益を懷ろへ入れることになりますから、非常に不平が多い。茲に於てか長崎の役場では竈銀と云ふものを拵へた。非常な儲だからして竈を持つて居る者に此利益の何分かを分けてやる、即ち一軒の家を持つて居る者に利益を分けてやると云ふので、利益を皆長崎の港へ分けてやつた。それでないと餘り見つともなくて、徳川氏の干渉を恐れて、江戸、長崎、堺、博多の商人だけでは儲けきれないので、竈銀と云ふ名前を付けて其中から利益を配當すると云ふやうなことをしたが、斯く總て商賣が不自然になつて來た。そこで貨幣制度も外國貿易の取締も妙な工合になつて來て、さうして外國とは交通しないから西洋にどんな事があつても分らぬ。オランダの商人が、船に乘つて來ると、船長――其船の船長であるけれども商人なんである、其船長から風聞書と云ふものを取る。お前はジヤバを經て來たらうが西洋にはどんな事があつたか聞かせろと言つて訊くが、彼等は「ナポレオンなる者生れ候由」と云ふやうなことを書いて唯一行か二行で世界の形勢を報告する。幕府の役人が之を見て世界の形勢は斯うだと思つて居る。豈圖らんや世界はさうではない、もうサイエンスの時代、機械の時代となつて居り、ナポレオンが出て來てまるで泥の中から大將を造るやうな事業をして居る。もう向ふでは封建制度を壞して、兵士と雖も大將になり得ると云ふ大變革をして居るのを知らないで居る。それで總ての制度は後れてしまつて居る。そこへ持つて來てペルリが來て國を開いた。吾々は三百年間のハンデキヤツプを持つて西洋と並んで立上つた。斯う云ふやうな状態である。それを四五十年の間に吾々が取戻して同等となつて更に手を伸すと云ふのである。ですから新日本は外國の文明で出來たのではない。是は日本人自力の力が刺戟によつて發達したのであります。それだけの力がなければ出來るものではない。今日八幡の製鐵所が世界有數の製鐵所であると云ふことは、大きな仕掛でやることは西洋から學んだが、製鐵の事業は吾々は既に三四百年以前からやつて居つた。日本の清盛時代に支那に宋と云ふ朝廷があつた。歐陽修と云ふのは其時代の學者で、日本邊りでは歐陽修の文章を讀んで感服する學者が多い。其歐陽修が日本刀と云ふ歌を作つて居る。日本刀と云ふものは璞を切るべく龍を斬るべし精悍無比天下斯の如き名刀なしと云ふ歌を歌つて居る。是は誰が打つたかと言ふと、堺邊りの工人が打つたものである。小仕掛に砂鐵からそれだけのものを造り得る者が今日あれだけの製鐵所を拵へても少しも不思議はない。唯仕掛が大きく機械を學んだと云ふに過ぎない。それを動かす頭と手は吾々にあつたのです。又、吾々がポルトガルやオランダと貿易を始めた時は色々珍しいものが來る中に天鵞絨と云ふものがあつた。此天鵞絨と云ふものは如何にも軟かくて立派なものであるが、どうかして此製法を學びたいと思ふが、ポルトガル人は教へない。所が堺の商人が何とかして習ひたいと思ふが教へない、困つて居る所に、或年來に天鵞絨をほごして見ると、其隅の方に針金が一本入つて居つた。それで針金を中心にして織るなと云ふことを考へて直ぐ天鵞絨を拵へた。是程精工業に巧妙な者が今日コツトンに於て天下有數の地位を得たからと云つて少しも不思議はない。唯マンチエスターから機械を學んだと云ふだけである。之を運轉する機能と頭と指先は吾々は既にもう持つて居つた。工業に付てさへも斯の如しであります。
 近頃自由主義が宜しくない、議會政治が宜しくない、是は皆西洋の制度を學んだものだと云ふやうなことを言ひますが、議會制度を西洋から學んだと云ふことは、形は確にさうであります。併しながら我國はそれを生むべき運命を持つて居る。お話申した如く、封建時代に於ては、武士が刀を以て百姓を抑へて居つたのですが、天下泰平となつては刀では利かないで、利くのは黄金の力のみとなつた。江戸の士が非常に威張つて居つたが、年々歳々金に困つて町人から金を借りるのですが、盆暮に取るべき米の切手を抵當として町人から金を借りると云ふやうなことで、段々士族は黄金の前に頭を下げるやうになつて、終ひには江戸の町人は大名の如く挾箱を擔がして從者を連れて數十人列を作つて江戸を歩くやうになりました。唯大名が歩くときは挾箱に槍を立てゝ歩くが、町人の悲しさには槍を立てることは出來ないから六尺棒を持つて歩いた。江戸の士
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