ればならぬやうになつた。そこで今までは朝廷と臣民は遙に離れて居つて、君臣ではあるが情誼が通じない。然るに武藏の誰、上總の誰と云ふ莊園を持つて居る者は其處へ土着してさうして百姓を育てゝ兵隊にして手柄があれば褒める、罪があれば殺す、恩威並に施すので土着の豪族と其莊園の中の人民との間に自然に君臣の關係が出て來た。此人に服從して手柄があれば褒められる、嬉しいことである。惡いことをすれば殺される、恐しいことだと云ふので、所謂君臣の關係が出て來た。それが段々數十年重なると君臣の情誼が出來て來て、君の爲には討死しなければならぬものだと云ふやうなことになり、其處から一種の道徳が出て來た。西洋の諺に光は堅いものが打當つたときに出る、道徳も戰爭から生れると云ふ言葉があります。其頃は將門も居れば那須與一も居ると云ふやうな譯で始終小戰爭が絶えない。其小戰爭の中から結束して戰ふ、結束して主に叛かないと云ふ道徳、主君の命令に叛かぬと云ふ道徳、戰場に出ては汚いことをしないで、敵を殺すのにも立派に殺さなければならぬと云ふやうな所謂英語で言ふとコード・オヴ・オノア、日本語で言ふと戰場の手前で、所謂戰場の手柄は唯敵の足を取つたり卑怯なことをして勝つてはいかぬ、立派に勝たなければならぬと云ふやうな一種の道徳が其處から守り立てられて、所謂武士道の本となつて來たのであります。それを我國では武士道は日本專有のものと言ひますが、西洋も皆共通です。西洋には諸君が御承知の通りナイト若くはシヴアーリーと云ふのがあります。所謂飜譯して騎士と云ふのです。シヴアーリーと云ふものは何かと云ふと貴族に仕へて其貴婦人の前では跪いて禮儀をする、婦人を保護すると云ふことがシヴアーリーの役目であると云ふやうに段々盛立てられて、それが終ひには一變してゼントルマンの紳士道になつて來たのである。此シヴアーリーが一種の日本の武士道と同じくナイト・フードと云ふものがありまして戰場に於て手柄を立て立派なことをした者は、王樣が刀の背を以て脊中を三つ叩く、之が即ち名譽を與へたのです。其名譽を受けた者は世間から非常に褒められると云ふやうなことで、名譽と權力を以てシヴアーリーの道徳は成立つて來ましたが、ラスキンと云ふ學者はシヴアーリーとは何ぞ、一本の劍、一匹の良き馬、一日食べられるだけのものがあれば滿足して公の爲に戰ふのが之がシヴアーリーであると言つたが、日本の武士道も其通り、十年も掛かつて貯へた金は何を買ふかと云ふと良き馬を買ふ。君から非常な賜物を貰つた、それは何にしたかと云ふと正宗の刀を買つたと云ふやうに、一本の劍一匹の馬に全力を盡したと云ふことは東西古今同じことなのである。西洋では之をシヴアーリーと云ふ。シヴアーリーと云ふのはコート・オヴ・アームと言ひまして、軍服に一種の標が付くのです。是は日本の武士の紋所のやうなものである。尤も東京では車夫でも紋を付けて居りますが、是は今日の話で、昔はやはり紋所と云ふものは立派な武士でなければ付けなかつたのです。西洋のコート・オヴ・アーム、日本の紋所皆同じことです。武士道に依つて己を押へて公の爲、主君の爲に盡すと云ふことは獨り日本に限つたことはない、世界共通のことです。
話が少し脇道に入りましたが、斯う云ふやうな譯で各國共歴史は皆共通であります。西洋人が笑つたとき日本が泣いてゐた譯ではない。西洋人と同じく悲しみ、西洋人が怒るが如く怒り、西洋人の喜ぶが如く二千五百年間送つて來たので、唯西洋人が來たときに文明の形が違つてゐたと云ふだけの話である。西洋人は西洋と交際して日本の文明が初めて生れたやうに言ふ。或は又それを日本で信ずる者もあります。さうでない、日本は歐洲と交通以前既に立派な文明を持つて居つた。今申上げた大化改新と云ふと西歴六百五十年であります。其頃はまだ農業をするのに鐵が少いから鐵で拵へた鍬と木で拵へた鍬と二つ使つて居つた。然るにそれが七八十年の後には木の鍬と云ふものは全く無くなつて、鐵の鍬ばかり使ふやうになつた。西歴の七百年、大寶元年文武天皇が右大臣|阿部の御主人《アベノオヌシ》と云ふ者に賜物を下さつた。それは絹五百匹、絹糸四百卷、金鍬一萬挺下さると云ふことが歴史に載つて居る。一萬挺の金鍬を下さると云ふことは如何に其ときの生産力があつたかと云ふことが分る。其頃はまだ都附近だけが鐵の鍬ばかり使つて居りました。田舍へ行けば木の鍬も混ぜて使つて居たことゝ思ふが、使つて見て木の鍬よりも鐵の鍬の方が良いから出來る限り皆鐵鍬を使ひ、期年にして皆鐵の鍬となつた。然るに英吉利はどうかと云ふと十世紀頃まだ木の鍬を使つて居つた。其農業状態は日本の方が餘程進んで居つたのです。是は唯鍬一つのことですが鍬を造ると云ふことは鐵を採る技術があると云ふことである。其多くは砂鐵です。其砂鐵を溶かして
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