ある。ほとんど、一息に飲みほした。
「もう一杯。」
まったく大人のような図太さで、私はグラスをカウンタア・ボックスの方へぐっと差しだした。日本髪の少女は、枯れかけた、鉢の木の枝をわけて、私のテエブルに近寄った。
「いや、君のために飲むのじゃないよ。」
私は追い払うように左手を振った。新進作家には、それぐらいの潔癖があってもいいと思ったのである。
「ごあいさつだわねえ。」
女中あがりらしいその少女は、品のない口調でそう叫んで、私の傍の椅子にべったり坐った。
「はっはっはっは。」
私はひとくせありげに高笑いした。酔ぱらう心の不思議を、私はそのときはじめて体験したのである。
五
たかがウイスキイ一杯で、こんなにだらしなく酔ぱらったことについては、私はいまでも恥かしく思っている。その日、私はとめどなくげらげら笑いながら、そのまま「いでゆ」から出てしまったのであるが、宿へ帰って、少しずつ酔のさめるにつれ、先刻の私の間抜けとも阿呆《あほ》らしいともなんとも言いようのない狂態に対する羞恥《しゅうち》と悔恨の念で消えもいりたい思いをした。湯槽にからだを沈ませて、ぱちゃぱち
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