むほど飛び散り初めました。その時に無茶先生は両手でヤットコを握って、初めに豚吉を、その次にヒョロ子を引きずり出して、前を流れている川の中へドブンドブンと投げ込みました。
鍛冶屋のお爺さんはこれを見ると、慌てて天井を出て、裏の物置の屋根から裏庭へ飛び降りて、大急ぎで川のふちへ来ました。
見ると、豚吉とヒョロ子が沈んだ川の水の底からはグルングルングルグルグルと噴水のように湯気や泡が湧き出して、水の上に吹き上っておりましたが、やがてだんだんとその泡が小さくなって消えてしまいまして、青い水の上にポッカリと白い豚吉の身体《からだ》が浮き上りました。見ると、それは当り前の人間とちっともかわりがないどころでなく、昔の豚吉とはまるで違った立派な姿になっているのでした。
「これは不思議」
と鍛冶屋のお爺さんが思う間もなく、今度はヒョロ子の身体《からだ》が青い水の上に浮上りましたが、これも今までとはまるで違った美しい別嬪《べっぴん》さんになっております。
「不思議不思議」
と、鍛冶屋の爺さんは手をたたいて申しました。
これをきいた無茶先生がヒョイとその方を見ますと、鍛冶屋の爺さんが立っていますので、無茶先生はビックリしまして、
「ヤア。貴様はもうお使いに行って来たのか。何という早い足だ。もしや今おれがしていたことを見はしまいな」
鍛冶屋の爺さんは見る見る真青になってふるえ上りまして、そこへ座ってしまいました。
「どうぞお許し下さいまし。魔法使いの山男様。私はすっかり見ていました。ああ恐ろしや、肝潰しや。又テンカンが起りそうだ。どうぞ生命《いのち》ばかりはお助けお助け」
と手を合せて拝みながら、頭を往来の土の上にすりつけました。
無茶先生はこれをきくと、大きな眼玉を剥《む》いて鍛冶屋の爺さんを睨みつけましたが、
「よしよし、見たら仕方がない。その代り今見たことを一口でも人に話すと、それだけビックリしても起らなくなったテンカンがまた起るようになるぞ。決して人に話すことはならぬぞ」
と叱りつけますと、お爺さんは大喜びです。
「エエ、エエ。それはもう決して人に話しません。どうぞお助けお助け」
と、また拝みました。
「よしよし。助けてやるから、あの二人の身体《からだ》を水から上げろ。それから貴様の家《うち》へ連れ込んで、すっかり拭き上げて、貴様の布団を着せて寝かせ」
「ヘイヘイ。かしこまりました」
お爺さんは大勢いで二人を水から引き上げて、無茶先生の云いつけ通り家《うち》の中に担ぎ込んで、二人を寝かしました。
「コレコレ。それでは貴様は今から町へ行って、さっき頼んだ買物をして来い。それから腹が減ったから、喰い物とお酒を買って来い」
「ヘイヘイ。そして、その召し上りものはどんなものがよろしゅう御座りましょうか」
「それは葱《ねぎ》を百本、玉葱を百個、大根を百本、薩摩芋《さつまいも》を百斤、それから豚と牛とを十匹、七面鳥と鶏《にわとり》を十羽ずつ買って来い」
「えっ。それをあなたが一人で召し上るのですか」
「馬鹿野郎、そんなに一人で喰えるものか。葱は白いヒゲだけ、玉葱は皮だけ、大根は首だけ、薩摩芋は頭と尻だけ、豚は尻尾だけ、牛は舌だけ、七面鳥は足だけ、鶏は鳥冠《とさか》だけ喰うのだ。それからお酒は一斗買って来い。ホラ、お金を遣る」
「ヘイヘイ」
「それからも一度云っておくが、どんなことがあっても貴様が見たことをシャベルなよ。魔法使いだといって兵隊や巡査でも来るとうるさいから。そればかりでない。貴様のテンカンもまた昔の通りになるのだぞ」
「ヘイヘイ、決して申しませぬ。それでは行って参ります」
と、鍛冶屋のお爺さんは車力《しゃりき》を引いて町へ出かけました。
ところが、この鍛冶屋のお爺さんはまた困ったお爺さんで、何でも自分の見たことやきいたことを人に話したくて話したくてたまらない性質《たち》でした。
「これは困ったことになった。うっかりしゃべったら、おれの病気がもとの通りになるばかりでなく、あの山男を捕えに兵隊や巡査なんぞが来たら、おれの家《うち》はブチ壊されてしまうかも知れない。けれどもまた、あんな不思議な珍らしいことを見ておりながら、人に話すことが出来ないとは何という情ないことになったものだろう。ああ、困った困った」
と、独言《ひとりごと》を云い云い行くうちに、やっとのことで町に来ました。
さて、町に来て見ますと、その賑やかなこと、立派なこと。ビックリすることばかりです。けれどもお爺さんは驚きません。
「もうテンカンは治っているから大丈夫だ。それに、この町中の人が見たことのない不思議なものをおれは見ているんだぞ。おれは大変なことを知っているんだぞ。それを話したら、みんな驚いてテンカンを引くだろう。けれどもおれは話さないのだ。ドレ、
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