無茶先生は、
「ウーン。ブルブルブル」
 と眼をさましました。そこへも一パイ頭からバケツの水をブッかけましたので、無茶先生は、
「ウワア。夕立だ、雷だ」
 と云いながら飛び起きました。
 その様子が可笑《おか》しかったので、ヒョロ子も豚吉も腹を抱えて笑い出しましたが、無茶先生は頭から濡れたまま眼をこすってよく見ますと、思いもかけぬヒョロ子が豚吉を背負って立っていますので、又驚きました。
「ヤア、お前達はどうしてここへ来たのだ」
 と尋ねました。
 ヒョロ子は落ちかかる豚吉をゆすり上げながら今までのことをお話ししますと、無茶先生は面白がってきいておりましたが、
「フーンそうか。それじゃ、町中の奴がお前達夫婦を見たいと云って追っかけまわしたのか。それは困ったろう。しかし、それというのも、お前たちがおれの云うことをきかないからこんなことになるのだ。おれの云うことをきいて背骨を入れかえてさえおけば、そんな眼に会わなくても済むのだった」
 と云いましたので、ヒョロ子は豚吉も気まりがわるくなって、
「ほんとに済みませんでした。もうこれからどんなことをされても恐がりませんから、どうぞ当り前の人間にして下さい。今度でもうコリゴリしました」
 と床の上に座ってあやまりました。無茶先生は大威張りで、
「よしよし。お前達がそんなにあやまるならば、今度は背骨だけでなく、身体《からだ》中すっかりたたき直して、ビックリする位立派な人間に作りかえてやろう」
「ええっ。そんなことが出来ますか」
「ウン、出来るとも出来るとも。お前達はおれの腕前を知らないからそんなことを云うけれども、おれが持っている薬の力ならば、どんなことでも出来ないことはないのだ」
「ありがとう御座います。それではすぐに治して下さい」
「イヤイヤ、ここでは出来ぬ。それには支度が要るから、どこか鍛冶屋へ行かなければ駄目だ。今からすぐ行くことにしよう」
 と、無茶先生はすぐにお薬を取り出して、鞄の中へ入れ初めました。
 その時にはるか向うから、
「ワーッ、ワーッ」
「あすこの家《うち》に珍らしい夫婦が逃げ込んだ」
「無茶先生の家《うち》だ無茶先生の家だ」
「それ、押しかけろ押しかけろ」
 と云う声がすると一所に、あとからあとから大勢の人間が押しかけて、無茶先生の家のまわりを一パイに取り巻いてしまいました。
 無茶先生はこれを見ると真赤になって憤《おこ》り出しました。
「こん畜生。来やがったな。よしよし、おれが追払《おっぱら》ってやる。お前達は二人共鼻の穴にこの綿を詰めてジッとしていろ。そうして、馬鹿共が居なくなったら、すぐに逃げられるように用意していろ」
 と云ううちに、無茶先生は自分の鼻の穴にも綿をドッサリ詰め込んで、丸|裸体《はだか》のまま表に飛出して大勢の者を睨み付けますと、
「コラッ。貴様共は何しに来たんだッ」
 と怒鳴り付けました。
 すると、大勢の人の中から一人の大きな強そうな男が飛び出して来て、
「貴様は無茶先生か」
 とききました。
「そうだ。貴様は何だ」
「おれはこの町の喧嘩の大将だが、今貴様のうちにヒョロ長い女がまん丸い男をおぶって逃げ込んだから捕まえに来たんだ」
「何だってその夫婦を捕まえるんだ」
「その夫婦は奇妙な姿で屋根から屋根へ飛び渡って町中を騒がしたんだ。そのため怪我人や死んだものが出来たんだ。それだから捕まえに来たんだ」
「馬鹿野郎。貴様たちがその夫婦を無理に見ようとしたから夫婦が逃げ出したんだろう。貴様たちの方がわるいのだ」
「こん畜生。貴様はあの夫婦に加勢をして、おれ達に見せまいとするのか」
「そんな夫婦はおれの処に居ない」
「居ないことがあるものか。あの屋根を見ろ。あんなに破れている。あすこから落ちこんだに違いない」
「そんなら云ってきかせる。夫婦はうちに居るけれども、貴様たちに渡すことは出来ない」
「こん畜生。貴様はおれがどれ位強いか知ってるか」
「知らない。いくら強くても構わない。おれが今追い払ってやる」
「追い払えるなら追い払って見ろ」
「ようし。見ていろ」
 と云ううちに、無茶先生は隠して持っていた香水の瓶を取り出して、家のまわりにぐるりとふりまきました。
 それを嗅ぐと、大勢の人は吾れ勝ちに嚔《くしゃみ》を初めて息もされない位で、しまいにはみんな苦しまぎれに眼をまわすものさえ出て来ました。
 それを知らないであとからあとから押しかける町の人々はみんなクシャミを初めて、これはたまらぬと逃げ出します。大きな男の喧嘩大将も一生懸命我慢していましたが、とうとう我慢し切れなくなって、百も二百も続け様《ざま》にクシャミをしているうちに地びたの上にヘタバッてしまいました。
 けれども、遠くからこの様子を見ていた人は、みんなが嚔をしていることはわかりません。只、無
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