し、そんなことをなさらずとももっといい事がありますが、その方になすっちゃどうです」
と、又ニコニコしながら云いました。
豚吉は無茶先生から治してもらうよりももっといい事があると聞いて喜びまして、
「それはどんなことをするのですか」
と尋ねました。動物園の主人はエヘンと咳払いをしまして、
「それはこうです。あなた方は世にも珍らしいお身体《からだ》をしておいでになるので、又そんなお身体《からだ》に生れて来ようと思ってもできる事ではありません。それを治してしまうのは惜いことです。それよりも一層《いっそ》のこと、私に雇われて下さいませんか。そうすればお金はこちらからいくらでもあげます。あなた方が二人、私のところに居らるれば、毎日見物人が一パイで、私は山のようにお金を儲けることが出来ます。どうぞあなた方御夫婦で見世物になって下さいませんか」
とまじめ腐って云いました。
豚吉はこれを聞くと、今までニコニコしていたのに急に憤《おこ》り出しまして、大きな声で動物園の主人を怒鳴りつけました。
「この馬鹿野郎、飛んでもないことを云う。おれたちはまだ見世物になるようなわるいことをしていない。貴様は何という失敬な奴だ」
と、真赤になって掴みかかろうとしました。
ヒョロ子は慌ててそれを押し止めまして、
「お待ちなさい。この動物園の御主人は何も御存じないからそんなことをおっしゃるのです。折角鹿や猪を売ってやろうとおっしゃるような親切な方に、そんなことを云うものではありません」
と云ってから、今度は青くなっている動物園の主人に向って、
「どうも私の主人は気が短いので、すぐ憤《おこ》り出して済みません。けれども見世物になることだけはおことわり致します。ほんとのことを申しますと、私達は人から見られるのがイヤで、婚礼の晩に逃げ出して来たくらいです。きょうでも只鹿や猪の生きたのが欲しいばっかりに、あなたのところへ行きましたのです。ですから、済みませんが鹿と猪を売って下さいませんか」
とていねいに頼みました。
動物園の主人はガッカリした顔をしてきいておりましたが、やがてうなずきまして、
「それじゃよろしゅう御座います。売って上げましょう。今夜遅く、一時過ぎに入らっしゃい。生きた猪と鹿を箱ごと上げます。そうして車に積んで、無茶先生のところまで持たして上げますから」
と云いました。
夫婦は喜んでお礼を云いまして、そこを出て、一先ず町の宿屋へ帰りました。
豚吉とヒョロ子夫婦はその夜遅く動物の見世物小舎の前まで来ますと、もう見物人も何も居ず、音楽隊やそのほかの雇人《やといにん》も皆一人も居なくなって、表には主人がたった一人番をしておりましたが、二人を見ると、
「サアサア、こちらへお出でなさい。猪と鹿とをチャンと檻に入れておきました」
と、ニコニコして見世物小舎の中に案内しました。
ところが二人が何気なく見世物小舎に這入りますと間もなく、地の下に陥囲《おとしあな》が仕かけてありましたので、二人ともその中に落ち込んだ上に、その又|陥囲《おとしあな》の中《うち》に在った蹄係《わな》に手足を縛られて、身体《からだ》を動かすことも出来なくなりました。
その時に動物園の主人は穴の上からのぞいて、大きな声で笑いました。
「アハハハハハ。ザマを見ろ。折角人が親切に雇ってお金を儲けさしてやろうと思ったのに、云うことをきかないからそんな眼に合わされるのだ。あしたからお前達を見世物にして、おれはお金をウンと儲けるつもりだ。サアみんな出て来い」
と云いますと、今まで隠れていた見世物の雇い人が出て来て、二人を押えつけて新しい檻の中に入れて、上から幕を冠せました。
檻に入れられるとすぐに豚吉はワーワー泣き出しましたが、ヒョロ子は泣きません。かえってニコニコしながら豚吉の耳に口を寄せて、
「泣かないでいらっしゃい。もうすこしするとこの檻から出られますから」
と云いました。豚吉は泣き止むと一所にビックリしまして、
「エッ。この檻の中からどうして逃げられるのだ」
と云いました。ヒョロ子は慌ててその口を押えて、
「黙っていらっしゃい。今にわかりますから。大きな声を出すと、逃げるときに見つかりますよ」
と云いましたので、豚吉は黙ってしまいました。
そのうちに動物園の主人が、
「サア、皆うちへ帰っていい。二人はもう檻へ入れたから大丈夫だ」
と云いますと、みんな帰ったようすで、そこいらが静かになりました。
ヒョロ子は真暗い檻の中で豚吉の耳に口を寄せて、
「サア待っていらっしゃい。二人でこの檻を出ますから」
と云いましたので、豚吉はビックリしました。やはり小さな声で云いました。
「どうして逃げるのだ。前には鉄の棒が立っているし、うしろの入り口には鍵がかかっているし、ど
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