出してしまえ。そうして玉葱と、葱と、大根と芋と、豚と鶏と、七面鳥と、牛とありたけ買い集めて、車に積んで出かけろ。鍋や釜や七輪も沢山積んで、皆で押してゆけ。向うへ行って御馳走をするんだ。豚吉さんとヒョロ子さんが生れかわったお祝いをするのだ。そうして、世界一のエライお医者様の無茶先生にお眼にかかるんだ。お酒もドッサリ持って行くんだぞ。そんな珍らしい人達に御馳走しておけば、おれたちの家が名高くなってドンナに繁昌《はんじょう》するかわからない」
「よろしゅう御座います」
 というので、大勢の雇人《やといにん》はわれ勝ちにいろんな物を買い集めたり、車に積んだり、大騒ぎを初めましたので、最前から沢山に来ていたお客は誰も構い手が無くなって、プンプン怒ってみんな帰ってしまいました。
 すっかり支度が済んで、何十台の車を引っぱって、二人のお父さんを先に立てて、鍛冶屋のお爺さんの家に着いた時はもう日暮れでした。
 鍛冶屋のお爺さんはみんなを裏の方に隠しておいて、たった一人で、
「只今帰りました」
 と云って這入ってゆきますと、無茶先生と豚吉とヒョロ子は三人共グーグー寝ていましたが、その中で無茶先生はお爺さんの声を聞くと起き上って、
「ヤア。御苦労御苦労。早かった早かった。そして着物は買って来たか」
 と尋ねました。
「ヘイ、ここに御座います」
 と、お爺さんは買った着物を出して見せました。
「ヤア、上等上等」
 と無茶先生は喜んで、その着物を寝ている二人に着せまして自分も着ましたが、三人ともほんとによく似合いました。中にも豚吉とヒョロ子は今までの奇妙な姿とはまるで違って、殿様の御夫婦のように立派に見えました。無茶先生はニコニコして云いました。
「これでよしこれでよし。それでは玉葱や何かは買って来たか」
「ヘイ、買って参りました」
「よし。その玉葱を一つと庖丁を持って来い」
「ヘエ、たった一つですか」
「そうだ」
「何になさるのですか」
「何でもいい。早く持って来い」
「ヘイ。畏《かしこ》まりました」
 と、鍛冶屋の爺さんが玉葱を一つと庖丁を持って来ますと、無茶先生はその玉葱を庖丁でサクリと二つに割って、その二つの切り口を豚吉とヒョロ子の上に当てがいました。
 そうすると、今までグーグー寝ていた豚吉とヒョロ子は一時に、
「クシンクシン」
 とクシャミをして眼を開きましたが、玉葱のにおいが眼にしみましたので、
「アッ。これはたまらぬ」
「何だか眼に沁《し》みてよ」
 と、二人共眼をこすって起き上りました。
「アア。すっかり眼がさめた」
 と豚吉はあたりを見まわしましたが、ヒョロ子の姿を見るとビックリしまして、
「オヤッ。あなたはどなたです」
 と大きな声で云いました。ヒョロ子もこう云われてヒョイと前を見ますと、見たこともない立派な人が居ますから驚いて、
「まあ。あなたはどなたですか。お声は豚吉さまのようですが……」
 と云いかけて、無茶先生の顔を見ると又ビックリしまして、
「まあ、先生。私はこんな立派な姿になってどうしたんでしょう」
 と叫びました。
「アハハハハハハ。驚いたか」
 と、無茶先生は腹を抱えて笑いました。
「サア、鍛冶屋のおやじ。もう何もかも話していい時が来たぞ。二人にお前が見た通りのことを話してきかせろ。そうしたら、二人が豚吉とヒョロ子夫婦であることがわかるだろう」
「ヘイ。けれどもこのお話はもうよそで致しました」
 と鍛冶屋の爺さんが恐る恐る申しました。
「何、よそで話した」
「ヘイ。それにつきましてお二人にお引き合わせする人があります」
 と急いで裏へ行って、二人のお爺さんを引っぱって来ましたが、豚吉とヒョロ子はそれを見るとイキナリ飛び付きました。
「オオ、お父さん」
「そう云う声は豚吉か」
「アレ、お父様」
「そう云う声はヒョロ子か」
「お眼にかかりとう御座いました」
「おれも会いたかった。けれどもまあ何という立派な姿になったものだろう」
「お父様、お許し下さいませ。私たちが逃げたりなど致しましたためにどんなにか御心配をかけたことでしょう」
「イヤイヤ。そのことは心配するな。もう許してやる。それよりもよく無事で居てくれた。そうしてまあ何という美しい女になったことであろう。ああ、何だか夢のようだ」
 と、親子四人、手を取り合って嬉し泣きに泣きました。
 親子四人は揃って無茶先生の前に手をついてお礼を云いました。
 そうすると無茶先生は長い黒い髭を撫でながら、
「イヤ。おれも二人のおかげで思うよういたずらが出来て面白かった。もうこれから乱暴はしないから安心しろ。それから、二人の名前も今までの通りの豚吉とヒョロ子では可笑しいであろう。おれがよい名をつけてやる。これから豚吉は歌吉、ヒョロ子は広子というがいい。おれも名前を牟田《むた》先生
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