麦の肥料《こえ》が利くまいのう」とか、「悪い時に風が出たなあ。非道《ひど》うならにゃ宜《え》えが」
 とか云って田の事を心配している事もあった。
 翁は自身で畠イジリをするせいか百姓の労苦をよく知っていた。その点は筆者の祖父灌園なぞも屡々《しばしば》他人に賞めていた。
「老先生の話を聞くと太平楽は云われんのう」
「ほんなこと。お能ども舞いよると罰が当るのう。ハハハハ」
 なぞと親友の桐山氏と話合っていた。
 只圓翁が暴風《あらし》模様の庭に出て、うしろ手を組んで雲の往来を眺めている。その云い知れぬ淋しい、悲しげな表情を見た人は皆、そうした優しい、平和を愛する翁の真情を端的に首肯したであろう。

          ◇

 翁の逸話はまだまだ後に出て来るのであるが、それ等の逸話を、ただ漫然と読むよりも、その逸話を一貫する翁の真面目を、この辺で一応考察しておいた方が、有意義ではないかと思う。すなわち、こうした翁の強気と弱気の裏表のどちらが翁の真骨頂か。どちらが先天的で、どちらが後天的のものか、ちょっと看別出来ないようである。
 しかし只圓翁の性格の表裏が徹底的に矛盾しているところに、世を棄
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