鳥が松の梢一パイに群れていたり、鼬《いたち》が道を横切ったりした。少々淋しくて気味が悪かった。
こうしてずいぶん道草を喰いながら筥崎に着くと、中の鳥居の横の茶屋は一軒しかなかったので直ぐにわかった。
中に這入《はい》ると三十四五の女房と、蟇《がま》みたような顔をした歯の無い婆さんが出て来た。いやに眼のギョロリした婆さんであったが、先に出て来て筆者を見上げ見下すと、
「あんたは何しに来なさったな」
と詰問した。なるほど頭がテカテカに禿《はげ》ている。着物のお蔭でやっと爺さんに見えないような婆さんである。
筆者は長い道中の間に用向きをハタと忘れているのに気が付いた。背中に短冊が這入っている事なんか恐らく翁の門を出た時から忘れていたろう。どうして何のために来たかイクラ考えてもわからないので泣出したくなった。
頭の禿げた婆さんは口をモグモグさせながら、怖い眼付で筆者を今一度見上げ見下した。
「どこから来なさったな」
「梅津の先生のお使いで来ました。あの……あの……」
今度は貰いに来た品物の名前を忘れている事に気が付いた。
婆さんは歯の無い口を一パイに開いて笑った。
「アッハッハッハッ。オオダイじゃろう」
「はい。オオダイ」
「ふうん。そんならそこへ手を突いてみなさい」
筆者は上り框へ両手を支《つ》いた。
「頭を下げなさい。そうそう」
婆さんは痩せ枯れた冷たい手で筆者の背中を探りまわして短冊を引っぱり出した。押頂いて、眼鏡もかけずにスラスラと読んでから又押頂いた。
それから奥へ這入って神棚の上から一本の薪の半分ばかりの燃えさしを大切そうに持って来て、勿体らしく白紙で包んで、紙縒で結わえながら筆者の懐中に押込んでくれた。
「よう来なさった。これを上げます」
と云って女房の持って来た駄菓子の紙包みを筆者の手に持たした。筆者は懐中から薪の燃えさしを今一度引っぱり出して見まわした。恐らく妙な顔をしていた事と思う。
「これがオオダイだすな」
婆さんがうなずいた。
「うんうん。それはなあ。この筥崎様で毎年旧の節分の晩になあ。大|松明《たいまつ》を燃やさっしゃる。その燃え残りを頂くとたい。……これから夏になると雷神《かみなり》が鳴ります。その時にこれを火鉢に燻《くす》べると雷神《かみなり》様が落ちさっしゃれんちうてなあ……梅津の爺さんは身体《からだ》ばっかり大きいヘ
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