《うお》だのが泳いでいます。しまいにはとうとう真暗闇になってしまって、遠くから蛍の火のように光る者が見えて来て、だんだんはっきりと傍へ寄るのを見ますと、人間の頭や、鳥の足や、狼の尻尾のような種々《いろいろ》の形をした魚で、それが方々で青い提灯《ちょうちん》のように光ったり消えたりしまして、何だか様子が物凄くなって来ました。美留藻は恐ろしさの余り、よっぽど引き帰そうかと思いましたが、又考え直しまして――
「こんなに気が弱くては仕方がない。妾《あたし》はこの間の夢が本当《ほんと》か嘘か、たしかめに来たのではないか。わざわざお役人様に願って、彼《か》の石神の胸から出た鏡が、本当にあるのか無いのか、見に来たのではないか。もし鏡が本当にこの湖の底にあって、その上に彼《か》の石神の歌の通り、宝蛇が見付かれば、いよいよこの間の夢は本当の夢で、妾は夢の中の美留女姫の生れ変りで、行く末は女王になれるのではないか。
 そうしてあの面白い、石神の話しの続きがわかるのではないか。このまま止めて引っ返しては何にもならない。妾は矢張り旧《もと》の漁師の娘になって、面白い事、楽しい事は一ツも見る事も聞く事も出来なくなるではないか。妾は死んでも引き返す事は出来ない。そしてもし妾が女王になるならば、ここで魚《うお》に喰われるような事はあるまい。もし女王になれないのならば、一層《いっそ》の事喰われて死んでしまった方がいい。何でも彼《か》でも運だめしだから、このまま行けるだけ行って見よう」
 と勇気を奮《ふる》い起こしてなおも底深く沈み入りました。すると又あたりの様子が変って来て、何の影も見えなくなり、水は死んだ人の肌のように冷たく、静かに、動かなくなりましたから、その恐ろしさ、気味の悪さ。却《かえっ》て最前の怖い形をした魚《うお》が居た方が、余程淋しくなくていいと思った位でした。
 けれどもその中《うち》にそこも通り越したと見えまして、はるかの底に、何か美しく光るものが見えて来ましたから、嗚呼《ああ》嬉しい、あれこそ鏡の置いて在る処に違いないと、なおも水を掻《か》き分けて潜って行きますと、やがてそこら中が眼の醒《さ》める程美しく、明るくなって来ました。見ると湖の底の深い、透《す》き通った緑色の水の中に、滑《なめ》らかな光沢《つや》を持った藻が、様々の色の花を着けて茂り合っていて、その間を眩《まぶ》しい光りを放つ魚が、金色銀色の泡を湧かしながら、右往左往にヒラヒラと泳ぎまわり、中には不思議そうに眼玉を動かしながら、美留藻の顔を覗《のぞ》きに来たり、または仲よさそうに身体《からだ》をすり付けて行くのもあります。
 その中《うち》に湖の底と見えて、沢山の宝石が一面に敷き並んで、色々の清らかな光りを放っている処へ来ました。
 何しろ美留藻は生れて初めて、こんな不思議な美しい処へ来たのですから、感心のあまり暫くは夢のように、恍惚《うっとり》と見とれていましたが、又鏡の事を思い出しまして、斯様《かよう》な美しい処に隠して在る鏡というものは、どんな美しい不思議な宝物であろう。早く見付けたいものだ、と思いながら、又もや長い深い藻を掻き分け、魚を追い散らして、宝石の上を進んで行きますと、間もなく向うの一際美しい藻の林の間に、チラリと人間の影が見えました。扨《さて》は香潮さんが最早来ているのかと思いまして、急いでその方へ足を向けますと、向うでも気が付いたと見えて、この方《ほう》へ急いで来る様子です。その中《うち》にだんだん近寄って参りますと、香潮と思ったのは間違いで、彼《か》の夢の中で見た美留女姫に寸分違わぬ、凄い程美しいお姫様《ひいさま》がたった一人、静かに歩いて来るのでした。美留藻は今更にその美しさに驚いて思わず立ち止まりますと、向うも美留藻の姿を見付けて、驚いたような顔をして歩みを止めました。美留藻はこれは屹度《きっと》夢の中の美留女姫が現われて、妾に鏡の在《あ》り所《か》を教えにお出でになったに違いない。そうして妾は矢っ張り旧来《もと》の通りの美留藻で、お姫様でも何でもなかったのだと思いまして、あまりの恥かしさに顔を手で隠しますと、先方《むこう》でも顔に手を当てました。自分の真似をされて、美留藻はいよいよ恥かしくなって、宝石の上にペタリと座りますと、先方も亦ペタリと座ります。オヤと思いながら立ち上って向うを見ますと、向うも矢張り立ち上ってこの方《ほう》を見ていました。試しに両手を動かして見ますと、向うでも動かします。足を踏みますと先方《むこう》も踏みます。
 扨《さて》はと思って近寄って見ますと、これが紛《まぎ》れもない白銀の鏡で、今まで美留女姫と思ったのは自分の姿が向うに映っているのでした。
 美留藻は驚いた余りに、我れを忘れて、あっと叫ぼうとしましたが、その拍子《ひょう
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