所の人にきいても、どこに行ったか知らぬ――家主は蒲田に居るという。
 記者は取りあえずガッカリしたが、なお念のためきいて見ると、松居氏の家には若い男女がチョイチョイ出入りしていたそうな。一度レコードコンサートらしいことをやっていたが、夜遅くまでかかったかどうかは知らないと云った。それから、交番の巡査にきいて見ると、子供上りのような巡査で、その文化住宅の番地だけしか知らなかった。
 郵便局へ名刺を出して見ると、親切に答えてくれたが、
「あの家はあまり手紙を出しません。来るのはかなり来ますが」
 というのが結論であった。
 記者はそれでもあきらめが付かなかった。
「マツイ」氏が名士であろうがなかろうが、そんな事はどうでもよくなった。
「何のためにこんな宣伝ビラを配るか」
 という疑問が晴れるまではと、不断に気を配っていた。
 ビラを配る男さえ見れば、傍へ寄って何のビラかのぞいて見た。しかし運悪く、「松居」もしくは「松井」の名前を刷込んだのは一度も見当らなかった。
 その中《うち》にウンザリして来た。
 成るべく東京の同業の助力を借りずに材料を集めようと決心していた記者も、とうとう兜《かぶと
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