いんです……若いものはみんなみじめな肉欲のプロですからね……女の子だってそうです。大人が受けている自由を吾々は禁ぜられているのです……ですから異性の香《におい》を嗅ぎながら眼を閉じて……」
記者はこれ以上書く勇気を持たぬ。しかし何という巧《たくみ》な議論であろう。何という不愉快な風潮であろう。
少年少女の不良行為が、大人の専制に対する反逆的意味を持っていようとは、この時まで気が付かなかった。記者も矢張り明治人であった。
こうした反逆気分は、少年少女が使う新しい言葉にもうかがわれる。
おやじのシャッポ
新しい言葉の字引きなぞいう書物が近頃流行するが、現在の東京の少年少女が使う新しい言葉は、その中には一つも見当らぬと云っていい。又見つかる筈もない。日毎に月毎に、次から次へと新熟語が出来て、或は親たちを馬鹿にするために、又はいい人と秘密通信をするために用いられている。
ブル、プロ、ファン、セット位しか知らない明治人に、彼等の会話や手紙が理解されよう筈がない。
「おやじのシャッポ(ポコペンとか駄目とかいう意味)がホームラン(流連《いつづけ》のこと)」だの、「彼女のラジオ(色眼)がミシン(意味深長)」なぞ云って、わかる気づかいは毛頭ない。
否、こんなのももう古い。記者がこう書いている間にも、新しい単語が本場の東京でドンドン殖えているに違いない。
こんな事のすべてに対して、今日までの生活本位の親たち、月給取り本位の教育家、月謝取り本位の学校、政党本位の当局は注意が行き届かなかった。
これからもそうに違いない。
御蔭で不良少年少女は大手を振って殖えて行く。禁漁区の魚のように新東京のバラック街をさまようている。
若い女性の享楽気分
ここで是非特筆大書しておかねばならぬ事は、最近の東京に於ける若い女性の享楽気分である。
よく「女は女らしく」、「男は男らしく」と云うが、今の東京では、その「男らしい」と「女らしい」との意味が昔と違っている。「男が人間なら女も人間だわ」という意味である。だから、今の東京の女らしい女は、なかなか活溌で、華やかで、積極的で、魅惑的である。
そんなのの前に男らしく跪《ひざまず》いて、堂々と満身の愛を告白する。昔のように自己を偽って見識ばらぬ。そんなのが「男らしい男」らしい。
「神様が男の粕《かす》から女を作った」の、「女は家庭の付属物」だのと心得ているのは、中世紀か封建時代の思想である。その粕が馬に乗って民衆運動の先登《せんとう》に立った時代も過去の事である。新しい婦人が吉原へ女郎買いに行ったのは更に古い時代である。議会で男の席までも占領したとて、ちっとも驚く事はない。
婦人参政――被教育権の主張――その他社会的の地位を要求する黄色い声は、天下に満ち満ちて来た。
産児制限に依て象徴される、婦人の享楽的権利の主張は、医術と薬剤の発達でドシドシ貫徹されている。
職業婦人の増加に依って、婦人の独立生活、享楽生活の容易な事は明らかに証明されている。
女性崇拝の外国映画は盛にこの傾向の太鼓を持つ。
欧米の新思想は又、精神的方面からこの傾向を刺戟して、目下八度五分位の熱を出しているところである。
新しい女の先覚者の活躍時代は過ぎた。今は一般に普及しつつある時代である。男女同権――否、女尊男卑がドシドシ流行する。
反《そ》り女に屈《かが》み男
呆れても驚いても追付かぬ。東京の女は男と同様に自由である。眼に付いた異性に対して堂々とモーションをかける。異性を批判し、玩味し、イヤになったらハイチャイをきめていい権利を、男と同じ程度に振りまわしている。只、全部が全部でないだけである。
こうした傾向にカブレた東京の少女は、知らぬ男から顔を見られても、耳を赤くしてうつむいたりなんぞしない。アベコベにジッと見返すだけの気概? を持っているのが多い。これはどなたでも東京に行って御試験になればわかる。
往来を歩く姿勢も、昔と違って前屈みでない。昔は「屈み女に反り男」であったが、今では「反り女に反り男」の時代になった。今に「反り女に屈み男」の時代が来るかも知れぬ。
表情も昔と違ってキリリとなった。触《さわ》らば落ちむ風情なぞは滅多に見当らぬ。八方睨みを極めてあるきながら、たまたま男と視線が合っても、じっと一睨みしてから、「チッ」とか「フン」とかいった風に眼を外《そ》らして通り抜けるのさえある。
田舎からポット出の学生なぞは、あべこべに赤面させられそうである。
同性愛の新傾向
女学生間に同性愛が流行したのは震災前が最も甚だしかった。
先ず同級か下級の生徒の中で、好ましい風《ふう》付きと性質の少女《ひと》を見付け出して同性愛《シスター》関係を結ぶ。二人切り
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