女の不良気分」が、歩き方に反映したものと思う。職業婦人のだともっと硬《こわ》ばるか、ゾンザイに見えるかして、どちらかと云えば男性化した気分があらわれている。
 あれが不良少女と、記者に指さし示された女学生は、一人を除いたあと全部が、この特徴を持ったあるき方をしていた。股《また》をすぼめて恥かし気に歩いて、処女を気取る不良少女は一人も居なかった。

     東京の土を踏んでドキドキと躍る心

 大正十二年の秋以後、東京は特に夥しい人間を吸収した。その中にまじる少年少女は片端から不良化した。そうして本物の不良をドシドシ殖やした。
 その順序を考えて見ることは、この稿の最重要な使命の一つと思う。
 第一、田舎から出て来た少年少女は、永らく東京に住んでいる家庭の子女より堕落し易いというが、さもありそうに思われる。
 少々惨酷な云い方ではあるが、しっかりした身よりがあって東京に来たのは別として、只|無暗《むやみ》に東京にあこがれて吾家《うち》を飛び出したりするのは、東京に着かぬ前から不良性を帯びていると云っていい。田舎を嫌ったり、窮屈がったりして飛び出した気持ちには、既に不良性の種子《たね》が宿っている。「何でも東京へ」とあこがれる気持ちの裡面には、自堕落によく似た自由解放や、虚栄と間違い易い文化的生活に対する欲望がチラ付いている。
 あこがれの東京に着く。
 震災後、思い切って華やかになった東京のすべては、彼等の眼を驚かし、耳を驚かす。面喰らって感じてドキドキキョロキョロする。
 その中《うち》に落ち付いて来る。
 新聞や雑誌で見聞きした東京の風物が、一々実物となって彼等を魅惑し始める。欲しいものがいくらでもある。好ましい男女の姿、羨ましくも自由に楽しげなその身ぶりそぶり、そのまわりに光り、かがやき、時めき、波打つもののすべては、彼等の心を惑わせ、狂わせ、躍らせずには措かぬ。その中《うち》でも「不良性」は真っ先にこの刺戟に感じ易い。

     自分の心から生存競争の邪道へ

 田舎出の少年少女は、東京の「不良」の誘惑がどんなに恐ろしいかを知っている。そんな忠告をうるさがりながらも、自分の清浄|無垢《むく》を信じている。「だから東京に行っても差支えはない」と思う……その心の奥に不良の種が蒔《ま》かれている事を気付かずにいる。そうして、只東京の「不良」の誘惑ばかりを警戒して
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