はしかしもう居なかった。
 戸塚警部はすぐにそこの警察に駈け付けて助力を乞い、二手に別れて雪の国道に自動車を馳せた。
 戸塚警部の自動車は山道にかかった。
 はるかの岨道《ほそみち》を乞食|体《てい》の盲目《めくら》の男と手引《てびき》女が行くのが見えた。自動車は追い迫った。
 乞食夫婦が道の傍《かたわら》に避けると自動車はピタリと止った。中から戸塚警部が現われて乞食男の青い眼鏡を奪った。
 二人は睨み合った。
 女のうしろから近寄った一人の刑事が、女を不意に雪の中に引きずりたおした。
 男は唇を噛んだ。突然懐中から拳銃《ピストル》を出して一発の下に女を射ちたおした。自分も自殺しようとした。
 戸塚警部はその拳銃《ピストル》をたたき落して組み付いた。
 男は警部を投げ付けておいて崖の上から身を躍らした。
 戸塚警部が崖の下に駈け付けた時にはもう人影はなかった。しかし草の葉に数滴の血のしたたりと、雪の上を林の奥へ続いた足跡が残っていた。
 戸塚警部はあとを逐《お》うた。

     ―― 18[#「18」は縦中横] ――

 その夜頭に繃帯をした武丸は歌寿の家の前に立って「鶴の巣籠《すご
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