少々落胆の気味で、今度築地に出来た魚市場に行って見ると、居た居た、鬚《ひげ》を皮の下まですり込んで、肉に喰い込むような腹かけ股引きに、洗い立ての白鉄火を着た兄い連が、新しい手拭《てぬぐい》を今にも落ちそうに頭のテッペンに捲き付けて、駈けまわっていた。
「アラヨーッ」
 トットットットッと曳き出す掛け声をきいて、記者は久し振りで溜飲が下がったような気がした。

     吝《しみ》ったれた兄哥《あにい》

 魚市場のすぐうしろにある、無線電信のポールを秋空高く仰いだ向う岸の築地三丁目以南、起生橋を中心としてベタ一面に並んだ店は、いかさま彼ら兄い連の御蔭で繁昌しているものと見えた。
 つい一年前までは、この辺は墓原や成金壁なぞで埋められていて、夏なぞはせんだんの樹の蝉時雨《せみしぐれ》の風情があるという、かなり淋しいところであった。それが魚市場が出来て、純粋の江戸ッ子が集まって来るにつれて、急にこんなに賑やかになったのだから、ここの店をのぞいて見たら、彼等の趣味や嗜好が手っ取り早くわかるかも知れぬと考えた。
 然るに情ない事に、記者は正しく熊襲《くまそ》の末裔と見えて、江戸ッ子の風《ふう》
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