ので、手紙が帰って来ないのだけは生きているとしても、そのほかのは生死の見当さえ付かない。綺麗サッパリと消え失せていた。
 記者は呆れ返った。そうして苦笑した。彼等は矢っ張り江戸ッ子たるを免れなかったか。彼等が罵っていた消極的な個人主義をまぬがれることが出来なかったかと思って……。
 ところがその後、二科会へ行って絵を見ていたら、うしろからソッと肩に手を置いた奴がいる。ふりかえって見たら、美術学校を出た芝居の背景師の下廻りで、有力なる江戸ッ子衰亡論者の一人であった。彼はニヤリと笑って平気な顔で、
「いつ出て来たんだ」
 と云った。記者は開いた口が塞がらなかった。
 それからいろいろ聞いて見ると、みんな無事で、家賃の安い郊外へ引越しているという。久し振り話そうじゃないかと、手紙を出して場所と時日を約束して待っていると、平気な閑寂な顔が昔の通りに寄って来た。地震なんぞはとっくの昔に忘れたという風である。但《ただし》、手紙は見たと云うから、何故返事を呉れなかったのかと聞いて見ると、
「田舎者はオセッカイだなあ」
 とあべこべに笑われた。彼等が江戸ッ子の中の高踏派だとはこの時初めて知った。文明人
前へ 次へ
全191ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
杉山 萠円 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング