てもバラックに獅噛《しがみ》付いていたいという心理状態は、可愛相と云えば可愛相である。
 茶色になった麦稈《ばっかん》帽子は以前にも増して殖えたように見えた。汗でリボンを真黒に染めた中折れも御同様に思える。それかあらぬか、さる富豪が二十何年同じ麦稈帽を冠ったというので、新聞に大々的に推賞されたのは、どれ位彼れ等の参考になった事であろう。
 こうした事実の半面には、又彼等をギューギューいわせている或る種の圧迫がある。それは着物道楽と文化生活である。
 この二ツは現在の東京の腰弁級の最高の理想と云って差支えない。この二ツの理想が彼等を刺戟している間に、彼等はいつまでもピーピー風車でいなければならぬのである。
 ここで一寸《ちょっと》説明しておきたいのは、腰弁の上中下三階級である。
「腰弁」という名称の起りは、腰にブラブラしたアルミの弁当からであるが、それが今では月給取りの総称になってしまった。そうして本当の腰弁はその中の最下層に位する事になったので、それ以上のは有名無実の贋腰弁である。甚だしきに到っては奏任以上までが腰弁を僭称しているが、その実《じつ》弁当は洋食や丼にするという有様で、正に
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