いと思う位に彼等は頭がいいのだ。却《かえっ》て手を合わせている田舎者を腹の底で笑っているのだ。
しかし見たまえ!
日本民族が滅亡する時、最後まで踏み止まって闘うものは江戸ッ子じゃないよ。無論、主義者でもなければ、憲法学者でもない。二重橋前の玉石砂利にオデコを埋めて涙を流す赤ゲット連だよ。彼等の無知の底には、切っても切れぬ民族的自覚が流れているのだ。
彼等は先祖代々、本能的に天朝様を拝み、太陽に手を合わせ、親孝行を知り、老人を尊敬し、子供を愛し、土をなつかしみ、倹約をして天然に安んずるのだ。しかも彼等は自分でもそれを知らない。その自然さと底強さが日本の文化を今日まで背負って来たのだ。この民族の文化的使命を人類世界に発揮する根本動力が彼等赤|毛布《ゲット》の群なのだ……。
ほかの連中はイザとなると逃げ失せる亡国の民だよ。わけても江戸ッ子はそうなのだ。彼等みたいな田舎者を軽蔑するものが殖えればふえるほど、日本は滅亡に近づくのだ。それを救うためには、おれの所謂《いわゆる》労農尊重主義が必要になって来るのだ……。
労農とかソビエットとかいうと当局はビクビクしているが、実はこんな土百姓や労働者を最も尊重した政治をすることだと思う。田舎を嫌って、東京の新知識にカブレて、ルパシカを着て、カフェーで威張っている連中のアタマは、いつの時代にもある文化カブレのなまけ者だよ。本当の労農尊重主義から見れば、実に唾棄すべきプロ型のブル思想なのだよ……。
江戸ッ子は特に文化カブレの小ブルなのだ。田舎者は『江戸ッ子』を崇拝すべからず。東京は大和民族の大きな事務所、又は勉強所に過ぎないので、そのほかのものはみんな昔からある頽廃気分の変形したものなのだ。江戸ッ子や社会主義者はその中毒者だと云いたい。もとをいえば、そんな気分を作ったブルがわるいのだが、それかといって、そのブルが作った毒|瓦斯《ガス》に当てられた連中を尊敬するわけに行かないだろう……。
レーニンは赤旗を尊重した。これに対して日本人は赤ゲットを尊敬してもらいたい。青白い江戸ッ子を尊敬してもらいたくない。そうして日本のブル思想と偽もののプロ思想を全滅さして、すべてを赤ゲット化してもらいたい。
……おれは江戸ッ子に生れた御蔭で、これだけのことがわかった。実は江戸ッ子の生れ損ないかも知れぬが……」
と彼は淋しく笑った。記者もうなずいて一所《いっしょ》に笑った。
彼も記者と同じようにペンを荷《かつ》いだ職人で、都会カブレをしなければ飯の喰えない人種である……赤ゲットを尊敬は出来るが、自身赤ゲットになることは容易な事業でない……寧ろ自分の生活の無意義を呪うあまり、こんな議論に落ちて来た事を互によく自覚していたからである。
彼はこの新しい日本赤化主義について、まだいろんな事を云った。レーニンの執権政治だの、トルストイのブル思想だのと、記者が耳には初耳のことばかりであったが、要するに江戸ッ子の罵倒論でここには略する。唯、記者の「江戸ッ子衰亡」の観察が、田舎者たる記者の頭から出たものでなく、彼等江戸ッ子からヒントを得たものであることを証明するために、この一節を書き加えたのである。
最高級の文明人
ところでそれはいいとして、今度の上京の序《ついで》に、そんな「江戸ッ子衰亡論者」たちがどうしているか、震災後の所感でも聴いてやろうと思って心当りを探して見ると驚いた。山の手の潰れないところに居た連中まで、どこへ行ったか一人も居ない。無論、その後、手紙を出したが、彼等は申し合せたように返事を呉《く》れなかったので、手紙が帰って来ないのだけは生きているとしても、そのほかのは生死の見当さえ付かない。綺麗サッパリと消え失せていた。
記者は呆れ返った。そうして苦笑した。彼等は矢っ張り江戸ッ子たるを免れなかったか。彼等が罵っていた消極的な個人主義をまぬがれることが出来なかったかと思って……。
ところがその後、二科会へ行って絵を見ていたら、うしろからソッと肩に手を置いた奴がいる。ふりかえって見たら、美術学校を出た芝居の背景師の下廻りで、有力なる江戸ッ子衰亡論者の一人であった。彼はニヤリと笑って平気な顔で、
「いつ出て来たんだ」
と云った。記者は開いた口が塞がらなかった。
それからいろいろ聞いて見ると、みんな無事で、家賃の安い郊外へ引越しているという。久し振り話そうじゃないかと、手紙を出して場所と時日を約束して待っていると、平気な閑寂な顔が昔の通りに寄って来た。地震なんぞはとっくの昔に忘れたという風である。但《ただし》、手紙は見たと云うから、何故返事を呉れなかったのかと聞いて見ると、
「田舎者はオセッカイだなあ」
とあべこべに笑われた。彼等が江戸ッ子の中の高踏派だとはこの時初めて知った。文明人
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