、同じ後藤系の人物を抜きさしするのに、何でこんな芝居を打たなければならぬのであろう。
仮に永田氏が立派な人物で、市会の悪議員が仕事の邪魔になるから追っ払ったものとしても、又は永田氏がケチな人物で、今までに儲けるだけ儲けたから、いい潮時と逃げを打った芝居だとしても、或は又すべての魂胆の策源地を後藤新平側だとしても、どっちにしてもわけのわからないところが出来て来る。
それかといって、全然芝居でない白真剣《しらしんけん》の立ち廻りだとしたら、いよいよ奇妙奇天烈で、狐や狸や貉《むじな》の類が乗せっこのバカシックラをしているのを、遠くから見ているようなわけになってしまう。
これを要するに、記者がこれまで一生懸命に説明したことは、トドのつまり何のことやらわけのわからぬ事を、自分でもわからないままに述べ立てたわけになる。まことに申し訳ない次第であるが、これは決して読者を馬鹿にしているのでもなければ、記者の頭がわるいのでもない。
すべて政界の出来事の表面がトンチンカンに見える時、その裡面に卑怯な真相が横たわっていることは、誰でも感付くことである。
東京市政界の裡面に、何者か知らず大きな卑怯な事実が動き流れていることは、その表面の矛盾の大きさでもあらかた推測される。その卑怯な事実を支配している連中は、その矛盾を塗りつぶすためには……そこから市井《しせい》の内幕を見すかされないために、いろんな形式や、相談や、挨拶や、宣言や、発表や何かでその間を埋めてしまった。つまり芝居をやったわけである。
その芝居たるや、役者は悉《ことごと》く羽織袴《はおりはかま》、もしくはフロックコートで、科白《せりふ》が又初めからしまいまで、漢語に片仮名まじりの鹿爪《しかつめ》らしい言葉ばかりである。
「職責」とか、「面目」とか、「感銘」とか、「遺憾」とかいう漢語が、如何にも重大な意義を持っているかのように持ちあつかわれている。
その筋の宣伝や布告が日に増し民衆的になり、言文一致に近づいて、債券のまき上げ方? なぞは玄人《くろうと》が舌をまく位に進歩している矢先だから、この礼服総出の漢語劇は一層人眼に立って見えた。それがみんな、市民を煙にまく目的でやったのだから、呆れ返らざるを得ない。
「ナアンダ。馬鹿馬鹿しい」
と東京市民が相手にしなくなればなる程、彼等市政の黒幕連は勝手なまねが出来るわけになるのだから、ウンザリせざるを得ない。
こうして東京市民の頭は、刻一刻と東京の市政に対する興味を喪って行く。否、現在では、愛市心なぞいうものは、殆ど絶無としか記者の眼には認められない。
故勝海舟翁はこんな意味のことを云ったことがある。
「昔、江戸市中のお布告《ふれ》だの掟書《おきてがき》なぞいうものは、みんな人民にわかり易い文句ばかりで書いてあった。それが御維新後になると、急に八釜《やかま》しい漢語になってしまったが、これは人民に政治をわからないものと考えさせて、お上《かみ》のなさることに口出しさせないために持って来いの妙案かも知れぬ」
と。この言葉を味わって見ると、云うに云われぬ皮肉な意味が出て来て、思わず膝を打つようなところがある。
誰でも自分のわるいことを弁解をして塗りかくすためには、鹿爪らしい漢語を使うものである。勿体《もったい》らしく構えて、腹の底を見すかされまいとする時も同様で、こんな場合に漢語位便利なものはない。
明治維新後、新政府の権威を見せるために、又は人民を煙に捲いてドンドン改革をして行くためには、法令でも、布告でも、何でも、漢語と片仮名で塗りかためて人民の前につき立てて、内幕をのぞかれないようにする必要があった。官僚や藩閥は漢語の蔭にかくれて、あれだけのわるいことをした。社会主義者なぞいうものは、人民の学力が進んで、この漢語の眼かくしが楽に見透かされるようになったために出て来た不平だとも云える。
海舟翁は、幕末の遺臣で、大勢に押されて江戸城を官軍に渡したとはいえ、新政府の連中の腹の中はちゃんと見すかしていた。だから、それとなくこんな皮肉を云ったのではないかと記者は思う。
折しもあれ、東京市長更迭に際して、こんな古めかしい漢語芝居が行われつつあるのを見て、今昔の感に打たれざるを得なかった。今に東京の市政は、漢語の本家本元の支那のようになりはしないかと思われる。
いずれにしても、事実上、東京の市政はこうして次第に暗黒化されて行くのである。
チグハグな道路工事
往来で買った新聞を通じて東京市政を見ると、こんな風にトンチンカンに見える。ところで街頭から東京市政の裡面を見るには、新聞にたよるほかは、テクシーで見てまわるほかはない。記者は今度は市でやっているいろんな工事を見まわってみたが、この「トンチンカン」さが一層ヒドいのであ
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