勝手な理智と情緒とのために如何に苦しめられているかは、この一事でも遺憾なく説明されている。
 次に人事相談所に別れ話を持って来る女の中には職業婦人が非常に多い。それは男の欠点を最もよく知っているからだそうである。
 これ等の事実を煎じ詰めると、現在の東京で最不幸な結婚をするものは、学問のある婦人と技術を持つ婦人であると云える。普通ならば幸福と見て差支えない結婚を彼女等の技芸や学問が不幸なものと感じさせるのか、それとも彼等の学識や技術が初めから彼等に幸福な結婚をさせなかったのか、その辺の事は大いに研究に価する。些《すくな》くとも親兄弟や親戚友人なぞの意見に盲従した結婚の別れ話がめったに人事相談所に来ない。自由結婚から来た自由離婚だけが来る。しかもそれが大正十三年の春以後の東京に激増した事は、新日本の新紀元を画すると云ってもいい位だそうである。
 も一つ序に書いておくが、警視庁の人事相談所ではこんな恐ろしい実例が挙がっている。

     乱暴な結婚媒介

 震災後の東京には、結婚媒介を商売にするものが雨後の筍《たけのこ》のように出来た。これはさもあるべき事であるが、しかし如何に需要と供給の烈しい関係からといえ、その無責任な営業振りには驚かざるを得ぬ。
 ほかの商売と違って、どうでもいいようで実は極めてどうでもよくない事を、無暗矢鱈《むやみやたら》とどうでもよい式に取り扱うので、その結果は大抵滅茶滅茶と云う。それでも相当に繁昌しているのだから恐ろしい。東京の人々は棄て鉢で結婚するのではないかと思われる位である。
 しかし満更棄て鉢でもない証拠には、そうした結婚の失敗したあとをドシドシ警視庁の人事相談所へ持ち込んで来る。そのおのろけと涙の紋切形をば一々聴いてやる係員も大抵ではいともあるまいと思われる。
 係員の話に依ると、こんな不良結婚媒介所では売淫の仲介はしないらしい。その代りその仲介の方法は極めて乱暴である。
 誰でも結婚媒介所の門口をくぐった者は申込料として五円取る。それから似合いのがあるという通知を出して、何月何日の何時に双方やって来ると、今度は会見料として又五円取る。しかもこれは成功不成功に拘《かかわ》らずで、おまけに男女双方から取るのだから一会見やらせると十円になるわけである。
「あんな女に紹介をして五円取るとは怪《け》しからん。いけないにきまっているじゃない
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