レッチャー式なぞを遣ったら落第するにきまっている。空気も悪いから郊外へ行く必要があるし、ホコリが非道《ひど》いからロイド眼鏡も奮発せねばならぬ。雨が降ると靴カバーが利かないから、八円のゴム靴を買わなくちゃならぬが、そいつが又じきに駄目になる。電車はコムし書物はよごれるしで、オツユの出る弁当箱は持てないし、嗜眠《しみん》性脳炎がまた流行《はや》っているので、一寸風邪を引いても医者に見せなくちゃならないし、五十円や百円の仕送りでは人間らしい気持ちで勉強は出来やしない……」
 承われば一々御尤も千万であるが、さて街頭に立って諸君の生活振りを拝見すると……。

     制帽と鳥打帽の手品

 近頃東京の往来を歩いて見ると、学生仲間に鳥打帽が非常に流行している事に気が付く。
 学生だから鳥打帽を冠るのが当り前かも知れぬが、それが又タダの鳥打帽でない。気をつけて研究すると実に変妙不可思議の鳥打帽で、支那や印度の魔術師でも眼をまわす位である。
 勿論、その鳥打帽は普通の鳥打帽で、価格の上下や型の変化こそあれ種も仕かけもない。しかもその鳥打帽でどうしてそのような奇術を使う事が出来るかという事は、苟《いやしく》も東京の学生たらんもの片時も忘るる能わざる研究問題であるのみならず、地方に居る父兄のためにも実に見逃すべからざる参考材料であろうと信ずる。
 前口上はこれ位にしておいて、実地の使用法を取り立てて御覧に入れる。
 第一、彼等学生が、下宿屋や又は預けられ先を出る時に、学校の制帽を冠って出るものは殆ど九牛が一毛と云ってもいい位である。学校に行く時も、散歩に行く時も通じてそうなので、その十中八九は鳥打帽を冠って行くにきまっている。
 ところで登校の際に冠って行く鳥打帽は、私立の学校だとそのままズンズン這入って行けるのが多いが、官立の学校だとそうは行かぬ。どうするのか知らんと運動場をのぞいて見ると、これはしたり。校庭一パイに散らばっている生徒の頭には鳥打帽は一ツもない。皆キチンとした制帽を冠っている。これが鳥打帽の第一の手品である。
 この手品の種はどこにあるかというと、彼等の制帽の構造にある。近頃の学生の制帽はどれもこれも、一つとして昔のような頑固な枠を入れたのはない。馬の尻毛や亜麻の極《ごく》柔かい弾力の強いもので、目庇《まびさし》までも薄い上等のエナメル皮や何かが使ってある。小さ
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