のにも、口を開かないように牛乳やソップなぞいう汁を鼻から吸うようになりました。そうして何千年か暮しているうちに、この国の人は口が役に立たなくなったので、だんだん小さくなって、とうとう今のようにまったくなくなってしまいました。けれども全くなくなると妙な顔に見えるので、この国の人は鼻の下の、昔口のあったところに赤い唇の絵を書いておくのです」
「それじゃ、あなたはどうして口がおありになるのですか」
と姫は尋ねました。
若い人はこう尋ねられると顔を真赤にしましたが、やがて悲しそうにこう答えました。
王子はその大きな眼に涙を一パイ溜めながら、
「この国中の人間が皆口が無いのに、私一人口があるのについては、それはそれは悲しいお話があります。あなたはあの山梔子《くちなし》という花を御存じですか」
と不意に王子は尋ねました。
「ええ、よく知っています。あの晩方に大きな花を咲かせる木で、大変にいいにおいがします。花が真白なのとにおいがいいので夜でもよくわかります」
と答えました。
王子はうなずきました。
「その山梔子の樹は名前を『口なし』と書くので、昔からこの国の人々が大好きでした。ですから
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