香《におい》のいい事……。
鉄の牢屋へ這入ってから、雲雀の国から蛙の国から、この口を利かない人間の国まで来る間、なんにもたべなかったおシャベリ姫は、もう今にも飛《とび》ついて飲みたい位に思いました。
けれどもほかのものがみんなジッとして手を出しませんから、姫も我慢をしていましたが、不思議にもみんなは知らん顔をしていて、ちっとも盃を手に取ろうとしません。只その中で王様が姫の前の盃を指して、「早くおあがりなさい」と云うような手真似をするだけです。
姫は困ってしまいました。
「これをこのまんま飲んでもいいのですか」
と云いたくてたまらないのでしたが、又思い出して、
「イヤイヤ、うっかり口を利いて非道い目に合うといけない。だまってみんなのする通りにしていよう」
とひもじくてたまらないのを我慢しました。そうして、
「この人たちはみんなきっと唖《おし》に違いない。そんなら耳もきこえないのだから、何を云ってもわかるまい。一つオシャベリをしてみようかしらん。イヤイヤ、唖で耳がきこえないのなら何を云ってもつまらないから、やっぱり我慢をしていよう」
と思いながら、両手を膝の上に置いてお行儀よく澄ましていました。
その様子を見た王様がお妃様の方を向いて何か手真似をしますと、お妃様はうなずいてオシャベリ姫の肩をたたきました。そうしてたべ方を教えるように、姫の見ている前で杯を取り上げましたが、いきなりその盃を鼻に当て、白い牛乳のような汁を鼻の穴からスーッと飲んでしまいました。
オシャベリ姫は呆れてしまいました。鼻の穴から飲むなんて、何という変なたべかたであろうと思いながら、お妃様の顔をよく見ますと、オシャベリ姫は思わず「アッ」と声を出しました。
お妃様の顔の鼻と眼と眉と耳とは当り前にあるのですが、口の処には何もありません。鼻の下から頤《あご》まで一続きにノッペラボーになっているのです。そうして口の代りに赤い絵の具で唇の絵が格好よく描《えが》いてあるのでした。
オシャベリ姫は呆れてしまって、ほかの王様や大将たちの顔をキョロキョロと見まわしましたが、気が付いてみると、どの顔もどの顔も、今まで口と思っていたのはみんな絵の具で描《か》いたもので、只王様や大将たちの口は大きく描《か》いてあり、お妃様の口は小さく描《か》いてあるばかりです。
これを見たオシャベリ姫は思わず吹き出しま
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