、その資料はヘルナー山頂に横たわり、今も我々の監視下にあるんだからね」
 ホーテンスとドレゴは、新鋭砕氷船の特質につき大きな興味を沸かしているのだった。
「一体砕氷船というものは、そんなに強い耐圧構造を持っていなければならないものかね」
 水戸が、疑問をなげかけた。
「さあ、それは強ければ強いほどいいだろうが、それにしても少し大袈裟《おおげさ》すぎるな。僕なら、そんな莫迦《ばか》げた耐圧力を持った砕氷船なんか作りやしないよ」
 と、ドレゴが、寒帯住人らしい自信を持っていい切った。が、ホーテンスが、別の見解を陳《の》べた。
「だがねえ、仮にゼムリヤ号のような砕氷船が百隻揃って北氷洋や南氷洋に出動したと考えて見給え。そうなると極寒の海に俄然常春が訪れるじゃないか、漁業や交通やその他いろいろの事業に関して……」
「ほう、これは面白い想定だ。ううむ、そして実現性もある」
「だが、僕はそう思わないね。ゼムリヤ号があのような強い耐圧力を持っている理由はもっと外にあるような気がするよ」
「というと、どういう意味かね、ドレゴ君」
「それは……」といいかけたドレゴは、後の言葉を咽喉《のど》の奥にのみこんだ。そして彼は視線をホーテンスの顔から逸《そ》らせた。
 ホーテンスは、ドレゴの意見を聞きたがった。が、ドレゴは、
「いや、もう少し慎重に考えてから、喋《しゃべ》ることにするよ」
 と、いつになく尻込みをして、煙草の煙をやけにふかすのであった。水戸はちょっと心配になった。ドレゴのそういう態度が、折角今夜この招待に応じたホーテンスの気持をここで悪化させないかを虞《おそ》れたのである。だが、ホーテンスの明るい顔色は聊《いささ》かも変らなかったばかりか、彼は更にゼムリヤ号に関する未発表の調査事項までを、ドレゴと水戸の前にぶちまけたのである。

  証拠の手斧

「話はまだその先があるんだよ、君たち」とホーテンスは煙草に火をつけ、「さっきから述べてきたゼムリヤ号の正体を僕が発見して本社へ報告したところそれから間もなくゼムリヤ号の行動についての愕《おどろ》くべき詳細なる報告に接した。いいかね」
 とホーテンスは腕組みをして、二人の同業者の顔を見渡し、
「……事件の日から三週間前のことだが、ゼムリヤ号に相違ないと思われる汽船が、フィンランドの北岸ベチェンカ港外に現われたことが分ったのだ。ゼムリヤ号
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