した男は、ドレゴの前まで来ると、どうしたわけか棒のようにしゃちほこばった。
「痛むかい」
彼の介添と思われる船員が、うしろから声をかけた。
「いや。……ちょっと眩暈《めまい》がしただけ……」
その包帯男は、よろよろとなってドレゴの身体にちょっとぶつかったが、
「あ、危い」
と、彼の介添者に支えられて、小汽船へ乗り移った。ドレゴは、通り路があいたので、舷梯をとことこと登っていった。
舷梯を上り切ると、ターナー船長が立っていたので、ドレゴはほっと安心の声をあげて船長の手を握った。
「やあ、ドレゴ君だったね。アイスランド火酒の味が忘れられないで、またやって来たよ」
「船長、二年間も忘れているなんて、そんな法はないですよ。なんだって永いこと、来なかったんですか」
「会社の重役に訊いてくれたまえ。わしたちは命ぜられなければ、行きたいところへも行けないんでね」
「こんどはどうして来たんです。特別の使命ですか」
「可哀そうな記者君。君たちは地獄の港までも紙と鉛筆を持って行くつもりなんだろう。……魚油と毛皮と、それから例の火酒を少々貰いに来たのさ」
「それだけですか。もっともこんな船じゃあね……」
「こんな船とは……」
「船長、ゼムリヤ号のことは知っているでしょう。すばらしい耐圧力を持った砕氷船でさ。あのゼ号よりもっと強靱な船を買いませんか。ヤクーツク[#「ヤクーツク」は底本では「ヤークツク」、以降同様、79−下段−21]造船所製のすばらしいやつですぜ」
「おや、君は記者の方は廃業したのかね。いつブローカーになったんだ」
「今日からブローカー開業ですよ。これからの安全航海には、ぜひあのような耐圧力の大きい船が必要なんです」
「そうらしいね。こんど本国へ帰ったら重役にそういう船を買うよう話をして置こう」
「あっ、そうだ」
ドレゴが頓狂な声をあげて船長の腕をおさえた。
「船長。この船はアメリカからこのアイスランドへ直航したんでしょう」
「そのとおりだ」
「そうでしょう。じゃあ大西洋の真中を通って来たわけだ。何か見たでしょう、ものものしい風景を……」
「ははは、あれかね。怪人集団の一件だろう」
船長はにやにや笑った。
「見ましたか。どんな風だったですか」
「やあ、あれには愕いたね。午前二時頃だったね、わしたちが気がついたのは……」
「ほう。それで……」
ドレゴは、大きな魚が
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